ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2008.11.24

新監督(?)の前で

 残り3試合、首位との勝ち点差1の大事な試合。
 こんな大事な試合のときに、結婚式を入れた堀越君はバカヤロウだと思ったが、
この結果では、埼スタに行かずに良かった、か。


 2008年J1第32節
  浦和レッズ  1-2  清水エスパルス   (埼玉スタジアム2002)
     (前半  0-1)
     (後半  1-1)


 俺が行かなかったから、とか、今日はレッズ・ナビのある日だから、とかいう話はもういいや。
 結婚式から帰って、ビデオでみました。
お酒入ってて、良かったです。
堀越君、いい日に結婚式入れてくれてありがとう。
 
 この大一番、ゲルトの場当たり采配は、またびっくり。
っていうか、もう解任もほぼ確定でみんなのウラをかくことしか狙ってないか、っといった感じすらする。
まあ、ゲルトの中には、いまや全く具体的な戦術のイメージは無いんだろうなー。
太平洋戦争末期の、日本軍の無謀な作戦の数々を彷彿とさせる。
ガダルカナルとか、アッツ・キスカとか、レイテ海戦のような・・・。
(次は片道分の燃料で沖縄特攻か?万博で『マリアナの七面鳥撃ち(注)』はカンベンしてね。)
 相馬の左ウイングは悪くない。気持ちはわかる。
しかし、達也のワントップは・・・。
達也はワントップでなく、エジミウソンなんかをトップでポストにおいて、その脇から飛び出すか、
セルヒオか高原と組ませて2トップのワンツーから裏へ出る、という方が効果的だ。
 細貝のサイドバックはいかにも不慣れな感じがしたし、平川の左サイドバックもしかり。
4バックなら、右に山田、左に堤で、どうよ。
どうしても闘莉王をボランチで使いたいのなら中を阿部と堀之内にして、
ボランチは闘莉王と細貝を組ませる。
啓太は、どうもパフォーマンスが上がらないので・・・。
坪井も一時完全復活かと思ったら、最近また危なっかしいしなー。
そもそも、清水なら3バックのほうが良かったかも・・・。
 ここで、ウダウダいっても始まらない。
 新潟、愛媛、札幌あたりには何とかなっても、
やはり中堅以上のチームには通用しないということだ。
 鹿島も名古屋も川崎も勝った。
タイトルをとった、大分、大阪は負けた。
 何とかACL圏内は・・・。
しかし、今のチームの勢いを考えると、勝ち残れる気があまりしない。
 でも、残り2試合、勝ち点差4ってのは、昨年の浦和と鹿島のちょうど逆なんですけど・・・・。
(注)「マリアナの七面鳥撃ち」とは太平洋戦争末期のマリアナ沖海戦で
日本海軍機が、アメリカ軍機に滅多打ちにされたことをさす。
この敗戦で日本は新鋭空母「大鳳」をはじめ、多くの航空兵力を失い、
以後実質的に、機動作戦が取れなくなる。
当時、日本のベテランパイロットはすでにその多くが戦死してしまって、
練成度が極めて低く経験の少ない若年パイロットしかいなかったのだ。
零戦は確かに開戦当初、非常にすぐれた戦闘機だったが、
それに甘えて、新型機を開発しなかったこと、
航空戦略、作戦を見直さなかったことが、この敗戦、ひいては戦争そのものの敗北につながった。
戦術の稚拙さ、補強の失敗、
・・・ま、フロントの責任だな。)

2件のコメント
2008.11.24

ご結婚、おめでとうございます。

 昨日は、当院でお世話になってる薬の卸の堀越君の結婚式でした。
 場所は佐野のマリアージュ。披露宴は50人ほどのアットホームな雰囲気でした。
 30代半ばにして奇跡の(?)逆転結婚を決めた堀越君は
終始ニヤケと緊張の混じった微妙な表情。
 お約束のケーキカットです。
しかしこのあとに・・・・。
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 カットしたケーキをお互いが口に入れて食べさせてあげる、という演出でしたが
なんと堀越君、新婦にメガネにケーキをつけられてしまう・・・。(もちろん故意に!)
やってくれるぜ!
PB230057_ks.jpg
 でも、うれしそうです。
 さて、一回目のお色直しのあとに登場した新婦の衣装にびっくり!
何と、ナーススタイルでした。
PB230063_ks.jpg
 実は本職の看護婦さんですから、似合うのは当たり前ですが、
これが、大うけ!
いやー、可愛い、白衣の天使って言葉は、まだ死語ではなかった!
 そして、次はカクテルドレスで、キャンドルサービスです。
我々のテーブル。ローソクの芯を曲げて、つきにくくしたのは、誰だ?
(答え:私のトナリにいたKという薬剤師です。)
PB230076_ks.jpg
 私もスピーチの他、薬局の小峰君と一緒にビートルズの曲を演奏させてもらいました。
(飲みすぎて、トチッちゃいました。スイマセン。だって、出番があんなに最後の方だったので・・・・。)
 私の大キライな、新郎新婦にあったこともない政治家や、親の知り合いの会社重役の挨拶
なんてのはもちろん全く無く、
出席したみんなが2人を祝福するっていう雰囲気に満ち溢れた、
とても素敵な結婚式でした。
 それもこれも、堀越君の素直で誠実な、みんなに愛されるキャラクターの賜物だと思います。
 一君、(はーちゃんと呼ばれてるらしい・・・。)裕子さん、どうぞ末永くお幸せに。
 最後に2次会でのサービスショットを、どうぞ・・・。
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2008.11.22

ロックな高校生リターンズ(あとがきにかえて)

 ロックな高校生リターンズ、調子に乗ってまた長編を書いちゃいました。
 前回の本編は、いつか書きたい、と思っていたネタだったので、
一気呵成に書いちゃいましたが、今回のは前回の反響を受けて書いたもので、
ネタの盛り上がりに、苦労しました。
 「ロッキー」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や古くは「猿の惑星」など、2や続編が作られたものは
第1作を越えることができないというのは、映画界の常識です。
(個人的にはインディ・ジョーンズに関しては2が一番面白いと思ってます。
ゴジラはもちろん1954年の第1作が最高だが、寅さんシリーズは、どうなんだろう?)
 今回も、そこが一番気がかりでした。
「リターンズ」ではO君の失恋話もないし・・・。
 まあ、大学受験というプレッシャーとバンド活動のですごした、
受験生時代を懐かしく思い出しながら書いてみました。
 大学受験は確かに大変でしたが、今思い出すとそれなりに充実した日々でした。
 さて、その後のロックな高校生ですが、
ギターのE、ベースのO、ドラムのI はめでたく現役で東京の大学に入り、
最初はそれぞれのサークルでバンド活動をしたそうですが、
しかし、後に再び集まって、また、バンド活動を一緒にやったそうです。
 ヤマハのコンテストなんかにも応募し、結構いいセンいったようです。
 一方、私は・・・・・・・。
 学園祭終了後、心を入れ替えて(?)猛勉強し、
一時はまぐれ(?)で校内実力テストで一回だけ学年1位を取り、
担任のネックレスもも3者面談で、「まあ、志望校はこのままで受かるんじゃないの。」
なんて、おふくろに言ってたのだが、
やっぱまぐれだったようで、一期校も二期校もスカッと落ちて、花の浪人生活に入りました(涙)。
 この辺の経緯は、後日機会があれば、また小説にしたいと思います。
 また、最終話で登場したヒロイン、Fちゃんですが、
その後、何と向こうから連絡があり、
なんかデートみたいなこともしたような記憶があります。(おおー、やるじゃん、オレ。)
今は、どこで、どうされてるんでしょうか・・・。
きっと、幸せな御家庭を築かれてることと思います。
 最終話で、まだ、将来のイメージなんて全然出来ない、みたいなことを書きましたが、
医者はともかく、まさか、いまだにバンドでしかもパンク・ロックやってるとはねー。
オレ、来年、50っすよ。
 かのアインシュタインの言葉に
「その人の常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションのことである。」
というのがあったが、なるほどー、と思いましたねー。
 私の、常識は、中学~高校時代に集めたロックな考え方に支配されてる。
 もう、この年になったら、ナカナカこれは変わりません。
私としては、自分のコレクションに自信を持ってるんですが、
ちょっと、変わったコレクションかもしれません。
 今回、読んでいただいた皆様、どうもありがとうございました。
また、コメントを入れてくださった皆様、とてもうれしかったです。
(特にT君の件はびっくりでした。)
今後とも多くの皆様にご意見、ご感想などお寄せいただけると、たいへん励みになります。
遠慮なく、書き込みしてください。
でも、「エッチなバイトでなんたら」、ってのはダメよー。

2件のコメント
2008.11.20

ロックな高校生リターンズ(最終話)

 さて、いよいよ学園祭当日。
 我々は、もちろん体育館ステージの一番お客が来そうな時間帯をキープした。
ここら辺は、3年生の特権だ。
なんせ、3年にもなって出てるバンドはウチらだけだ。
 我が3年5組は、クラス企画として、お化け屋敷「物怪館(もののけやかた)」をやっており、
これが好評を博していた。
私も、バンド準備とお化け屋敷とあっち行ったり、こっち行ったりで大忙し。
 話はややそれるが、足利高校は男子校。
先生も女性は音楽のオバサン先生のみ。
しかし、事務に、高校を出たばかりの若いSさんという女性がいた。
お化け屋敷の、杮(こけら)落としとして、ぜひ、このSさんを第1号にしよう、という意見が出てすぐ可決された。
で、彼女を連れてきたわけだが、ここで誰がエスコート役をするか、ということで小競り合いがあった。
すると、担任の数学教師のネックレス(この先生は太ってて首がないので、こう呼ばれていた)が、あっさり彼女を連れて入ってしまった。
 がっかりした我々は今度は嫌いな先生を呼んできて、お化け屋敷に入ってもらい、
暗闇に乗じてコンニャクをぶつけたりしてうさを晴らしていた。
(しかし、後にこのSさんが、あのインドネシアと結婚したと聞いてビックリ!
へー、そーだったのかー。)
 さて、体育館のステージが始まった。
 最初のバンドは1年生のナントカというバンド。
うわっ、ひどい演奏だ。なんかのコピーらしいが原曲が何かも判然としない。
おまけに、最後まで演奏できず、途中でとまってしまい
バンドのメンバーがお互いの顔を見あわせるというシーンが何度もあった。
 次のバンドも1年生。
ギターはギャンギャン弾くが、リズムがめちゃくちゃ、ボーカルは全然聞こえない。
キッスの曲、かなあ。ドラムもヒドイ。
 2年生のバンド、おっ、そのイントロは「天国への階段」、演奏できんのか?
あーあ、やっぱり途中で止まってしまった。
何、もう一回はじめからやります?やめとけ、やめとけ。
お、しぶとく、また最初からやり出した。
大体、ギタリスト、アコースティックギターだけど途中からどうすんの?
瞬間的にエレキに持ち替えるのか?そりゃ、いくらなんでも無理だろう。
と、思っていたらジャカジャーン、のところで、終わり、
初めからこういう予定だったらしい。
そんな、「天国への階段」ありか?
「天国の手前の中2階までの階段」か?
 それにしても、どのバンドも1~2ヶ月前にはじめたばかりで
人前で演奏するのは、これが初めて、っていう感じのバンドばかりだ。
これじゃあ、オーディションは拒否するわけだ。
 さて、こんなバンド見ててもしょうがない。
 「俺、ちょっとほか見てくるね。」
といって、ほかの演奏会場の様子を偵察に行った。
 まず、校庭組。
お、やってる、やってる。
うーん、見方によってはストリートミュージシャン風といえないこともないが
素直なイメージとしてはチンドン屋だなー。
お客さんは通過してるけど、聴いてる人はいない。
 次に、屋上に上ってみた。
ありゃまー。ここは、さらに悲惨じゃ。
演奏者以外、誰もいない。
そりゃそうだ、わざわざ屋上まで上って、演奏聴こうなんて物好きは、まずいるまい。
ここじゃなくて、よかった。
(一説によると、現CRPの土井先生は当時、足高の1年生、ナントこの屋上で演奏してたらしい。)
 さて、そろそろ体育館に戻ろうと、階段を2段飛ばしで下りていくと、突然、声をかけられた。
「あら、オグラ君。久しぶり。」
「え、あれ、Fちゃん、もしかして。」
なんと、中学時代の同級生のFちゃんだった。
確か、彼女は宇都宮の高校に行ったんでは。
会うのは、卒業以来だから、ほぼ3年ぶり。
 それにしても、雰囲気変わったなー、っていうか美人になったなー。
「あ、このあと3時過ぎからさ、体育館で俺たちのバンドのライブがあるんで、良かったら来ない?」
「あ、行く、行く。」
「じゃあ、よろしく。」
 そうかーFちゃんかー。なんか俄然、やる気出てきたぞー。
 そして、我々「アースバウンド」のステージが始まった。
そしてまた、これが我々「アースバウンド」の最後のステージだろう。
3月になれば、メンバーはばらばらになり
バンドももう、まず間違いなく一緒に演奏することはない。
 最初は、「スペース・トラッキン」、そして「ストレンジ・カインド・オブ・ウーマン」を演奏し、
このライブの前に俺が作ったオリジナル「トゥ・ザ・ワンダーワールド」に続く。
(曲なんか作ってるヒマがあったら勉強しろって。)
 午後の体育館のステージは市民会館のときと違って
照明もないし、客席も明るいし、音響も全然だが、
その分、リラックスして、楽しく演奏できた。
 やっぱ、メンバーを説得して学園祭に演奏してよかった。
 ここんとこずっと頭の中を占めていた、
微分方程式も、複雑な分詞構文も、キルヒホッフの法則も、紫式部も
そしてこの間の模試の志望校の合格判定パーセントも
とりあえず、みーんな頭から出て行ってもらって、気持ちよくロック・アンド・ロールできた。
 そして、最後はロック・ボックスでも最後に演奏した俺たちのオリジナル、「オールド・キャッスル・イン・マイ・ハート」。
そして、この曲が、「アースバウンド」として演奏する最後の曲。
オレのロックな高校生活もこれで終わりじゃー。
 思い出すなー。
 初めて、Oに誘われてバンドの練習場に行った時のこと。
ロック・バンドって、こんなに大きな音出すんだー。
それまでフォーク・ギターしか弾いてなかったから・・・。
耳はジンジンしたけど、心臓はもっとドキドキした。
 他の高校のバンド4組と、織物会館を借りてやった最初のコンサート。
100円のチケットを売りまくったが、当日、会場はタバコの煙でもうもう。
他のバンドが、いわゆるツッパリ系(これも死語か?)だったので、
会場は大荒れ、ステージは傘まで飛んできた。
以後、織物会館はライブ禁止になったという。
 そして、女子高の文化祭に飛び入り(?)したこと。
女子高で演奏するなんて、結構レアな経験だよなー。
 なんといっても、ロック・ボックス。
応募から、当選、練習場の確保、親父の急死、
市民会館の大ホールは、感動した。
 やっぱり、ロックを聴いていて、やっていて良かった。
ロックのおかげで、いろんな面白いことや、珍しい経験もしたし、
いい仲間や、変な大人にも会った。
そして、落ち込んだり、ヘビーな時にもロックで元気になる。
 親父の通夜の時、お経のあと1階で飲み食いしてる親戚や隣組の人たちの席を離れ、
2階の自分の部屋でラジカセで小さい音で一人でローリング・ストーンズを聴いてた。
 オレの高校3年間はいろんな場面でロックなしでは語れない。
 ・・・・・そして、アースバウンド最後の演奏が終わった。
 全員で客席にお辞儀をした後も、最後のコード、Amの余韻がいつまでも耳の中で反響していた。
 楽器を片付けて、外に出ると、西に陽の傾いた校庭でFちゃんが待っていた。
秋の陽が暮れるのは、早い。
「オグラ君、見たよ、カッコよかったじゃん。」
「ええー、そう?そりゃ、良かった。」
「オグラ君、やっぱり医学部行くんでしょ。」
「うん、でも今のままじゃちとキビシイかも。(頭から追い出してた、模試の合格パーセントが戻ってきた。)」
「大丈夫だよ、オグラ君、アタマいいから。がんばって。」
「おお、サンキュー。」
 おー、なんか、オレ、バンド始めてから、初めて女の子にカッコいいって言われたなー。
(いや、ただ単に外交辞令でしょうけど・・・。)
大学行ったら、バンドやって、女の子にもてるぞー。(希望、願望、妄想、憶測・・・)
・・・しかし、入れんの?
  うっ、そこだ。
  今のままでは、「ちと」どころか「かなり」キビシイのでは・・・。
 明日から、猛勉強だー。
でも、やっぱロックは聴いていよう。
 まだ、将来の自分などほとんどイメージできない、18の秋だった。
 「おーい、オグラ。打ち上げのファイアー・ストーム、始まるぞー。準備手伝えー。」
「おー、わかったわかった。」
 みんなで、大騒ぎした夢のような学園祭が終わった。
 そしてそれは、夢のようなロックな高校生活の終わりでもあった。
 ファイア・ストームの薪に火がつくと、
 少しだけまだ西の空に残っていた明るさも、あっという間に夜の闇になった。
 みんなの歓声の中、
 数え切れない思い出が、
 火の粉や煙とともに晩秋の冷えた夜空に吸い込まれていった。
          ~ロックな高校生リターンズ・完~
 さて、これでロックな高校時代の話はおしまい。
長らくのご愛読ありがとうございました。

1件のコメント
2008.11.17

ロックな高校生リターンズ(第9話)

 ・・・ヤベエな、第1志望D判定だよ。
先日の模試の結果がかえって来た。
「判定D:志望校の変更が望ましい。」
 うーん、キビシイ。
英語、数学、物理、現国はまずまずなんだが、
化学と社会、あとなんといっても古典が
足を引っ張ってる。 
 「いずれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるを・・・」
ったく、源氏物語なんてどこがおもしれーんだか。
 そもそも、志望校変更ったって、国立の医学部なんてどこ書いてもD判定だよ。
なんだってこんな合格圏偏差値が高いんだ。
変更して、合格率上がるなら、どこでも変更するさ。
でも、オヤジが死んで、ウチの経済状況では、国立以外は受かったって行けるわけないし、
やっぱ、何とか医学部行きたいし。
日本育英会の奨学金の面接は通ったけど、肝心の大学に入れなきゃ意味ねーよなー。
「おい、オグラ、模試どうだった?」
前の席のOが、わざわざ振り返って訊きやがる。
「うーん、あやしうこそものぐるおしけれ、といったところだな。」
「・・・・何だそりゃ。」
 「それはそうと、オグラさ、『大島式英単語』、知ってる?」
「なんだよ、オレ、オマエに教わった『試験に出る英単語』使ってるぜ。
最近あんまり進んでないけど。」
「いや、この本さ、面白いぜ、英単語をダジャレで覚えんのよ。」
「相変わらずオメエは受験オタクだなー。なになに、えーと
『Anniversary{アニバーサリー}:(意)記念日(暗記法)兄がバッサリ切られた記念日』
兄がバッサリでアニバーサリーだとー、なんじゃこりゃー。」
「な、覚えやすいだろ。」
「ちょっとこりゃ、邪道じゃねえか?」
・・・・しかしそれ以来35年、Anniversaryという単語に出会うたびに、兄がバッサリ・・・を思い出す。
やっぱ、暗記法としては正しかったのか?
「さ、そんなことより、学園祭実行委員会始まるぞ。」
「おー、行ってんべー、行ってんべー。」
 ・・・・・・
「はい、それでは2年6組の”足利の歴史遺産をたずねて”の企画は、このままでいいですね。」
「それでは、次に、有志による”バンド演奏”の企画に移りたいと思います。」
 足高祭の実行委員会である。
各参加クラス、サークル、団体の代表が出席している。
「さて、バンド演奏ですが、場所は体育館を予定していますが、バスケット部の親善試合もありますので、使用時間は2日目のみとなります。」
 我々は全員で来ていた。
「ったくもー、いーじゃん、どうせウチのバスケ部、弱ええんだから。」
「まあ、あっちは正規の部活だから、そうもいくめえ。顧問のコンドーも強えしな。」
バスケ部の顧問、体育教官のコンドーは、怖かった。
 「えー、参加希望バンドが20バンド以上提出されています。
時間的に、すべてのバンドが演奏することが難しいですが、どうしましょうか。
抽選、くじ引きで決めるという方法もありますが・・・。」
「何か、ご意見、ご提案はありますか。」
 ・・・じょーだんじゃねえ、俺たちがくじ引きで落とされてたまるか。
ここはオレがナントカせねば。
 「議長、はい、はーい。」
 「はい、どうぞ。」
 「えー、3年のオグラです。参加希望バンドが多いので、
オーディションをやって決めたらどうでしょうか。
実際に集まっての演奏が難しければ、テープ審査なら簡単にできると思いますが。」
 「えー、はい、オーディションをして参加バンドを絞るという意見が出ました。
さて、この提案に対し、何か意見がありますでしょうか。」
・・・教室はざわつくが、誰も、何も言わない。
 「では、この提案に対して、決を採りたいと思います。賛成の方は挙手をお願いします。」
 ハーイ、と手を上げたのは我々だけ・・・。
 「はい、それではこのご意見に反対の方。」
 みんなが、いっせいに手を挙げる。
 ・・・げっ、全員反対かよ。
さては、てめーら演奏に自信がねえな。
   しかし、全員反対とは・・・。
 まあ、それもこれも学園祭が3年に1回しかない、という学校のセコイ方針によるものだともいえる。
3年生のバンドは俺たちだけだが、
1、2年生だって、今回出なければ、もう次の学園祭は高校時代にはないわけだから。
 会議は紛糾して、結局その場では決まらず。
 しかし、その後1年生から、演奏できるなら、体育館でなくてもいい、
という希望が出て、結局、体育館、屋上、校庭、の3箇所に演奏場所を設けることで
すべてのバンドが参加できることになった。

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医療系をまとめました。
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