ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.05.31

影響を受けたレコード(国内編)⑤「In A Model Room/P-MODEL」

影響を受けたレコード5枚目は1979年8月25日発売の

「In A Model Room/P-MODEL」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初にこのバンドの曲を聴いたのは

「Kameari Pop」でした。

ラジオから流れたこの曲を聴いたとき、

それまで聴いたことのない不思議な曲だと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イエローマジックオーケストラのデビューによって、

テクノポップは時代の最先端の音楽スタイルになっていましたが、

このサウンドは、YMO経由ではなく、

テクノポップの元祖である

クラフトワークから直輸入といった印象でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとから知ったのですが「P-MODEL」はもともと

プログレッシブ・ロックのバンド「MANDRAKE」が前身。

セックス・ピストルズを見て、時代の流れを感じ、

パンク路線に転向した、といいます。

ここでも登場、セックス・ピストルズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルバムは1979年8月25日発売。

初回プレスはピンク色でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たしかにこの「Kameari Pop」はテクノポップですが、

アルバム全体を聴くとパンク~ニューウェーブ色が強く、

初期のXTCと似た印象を受けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1979年7月25日先行シングルとして発売された

「美術館であった人だろ」がA面1曲目ですが、

「Kameari Pop」とずいぶん違った印象にちょっと戸惑いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーカルも演奏もパンク風の曲調ですが、

印象的なのはキーボードの使い方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、テクノポップは「ピコピコ」

という擬音で表現されることが多かったのですが、

P-MODELの曲で用いられている「ピコッ」という音が気に入って

バンドで使いたいと思い、弾けもしないシンセサイザーを買いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このアルバム発売の少しあとだと思いますが、

ニューウエーブ~テクノポップのバンドが、

テレビに出演してスタジオライブをやる、という番組がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芳村真理さんが司会をしていたのを覚えているのですが、

調べてみると、それはどうも

日本テレビで金曜日の10時から放送されていた

「金曜娯楽館」という番組だったようです。

司会は山城新伍さんで、女性司会者の2代目が芳村真理さんで

1979年12月から1980年8月まで担当、とありますから、

この間であったと考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時出たのが「P-MODEL」のほかに、

「プラスティックス」「ヒカシュー」で、

この3バンドは当時「テクノ御三家」といわれていました。

いかにもマスコミ的、テレビ的な括りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽コーナーの司会は、

このあいだ、「電撃的東京」で紹介した

近田春夫氏が担当していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、芳村真理さんをよく覚えているかというと、

当時の若者の「新奇な」音楽を紹介する、というコンセプトで、

芳村真理さんは「ヘンテコな若者の音楽が理解できないオバサン」

という役回りだったと思われます。

演奏中、顔をしかめ、耳をふさいで、

そのあとで、「ちょっと、ちょっと、新伍ちゃん、何コレ?」

と言っていたのが大変印象に残っているからです。

実際に、理解できなかったと思われますが、

あのリアクションは番組の演出だったのかも、と今は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにこの3バンドはすでに知っていましたが、

同じ番組に出た「チャクラ」は衝撃的でした。

「福の種」を歌ったと思いますが、

ファンになりレコードを買いました。

その後の、小川美潮さんのソロアルバムも好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒカシュー」は舞台演劇出身、

「プラスティックス」はイラストレーター、グラフィックデザイナー、

ファッション・スタイリストなどの音楽経験のない

アート系の人が集まって作ったバンドでしたが、

その中で「P-MODEL」は、

ロック・バンドとしてやってきた中で、

時代の匂いに敏感に反応して音楽性を変えてきた、

という意味ではワタシはシンパシーを感じたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このアルバムに入ってる「MOMO色トリック」では

「ユージさんにはわかるまい」

「アホのリノでも見に来るぜ」

という歌詞があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここでいう「ユージさん」とは、音楽評論家の今野雄二さんのことで、

当時、洋楽レコードのライナーノーツを多く書いていた

「洋楽崇拝者」の今野さんに、

「P-MODEL」が酷評されたことを受けての歌詞です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アホのリノ」とは、その今野雄二氏が司会を務める

水曜イレブンの、アシスタントだった「かたせ梨乃」さんのことで、

かたせさんは今でこそ立派な女優さんですが、

当時は11PMのカバーガールで、

オッパイの大きいだけのお姉ちゃんと認識されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「MOMO色トリック」は、

ワタシが大学2年生で「不滅の男」ウスイくんと結成したバンドの

デビューライブで、最後に演奏しました。

1980年6月のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのバンド名「LANDSALE(ランドセル)」は

その2か月前、1980年4月25日に発売されたばかりの

「P-MODEL」の2nd.アルバム

「LANDSALE」からいただきました。

「ランドセル」と「売国奴」のダブルミーニングです。

メンバーチェンジを繰り返しつつ、

ワタシとウスイくんが卒業するまでこのバンドは継続しました。

ナツカシイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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