ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.05.12

影響を受けたレコード④:明日無き暴走

高橋君は高校の同級生。

中学は別々だったが

ふとしたことからお互いロック好きであることがわかり、

帰る方向が一緒だったので、

学校帰りに自転車でよくロック談議をしたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、市内の公立中学は男子は強制的に坊主頭にされており、

彼もワタシも知り合ったころはともに坊主頭であったが、

次第に髪を伸ばして、長髪(当時はロン毛という言葉はない)

になっていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな「ロックな」彼がある日、

「オグラ、すげーカッコいいレコードがあるぜ。」

といい、貸してくれたのが、このレコード。

「明日無き暴走/ブルース・スプリングスティーン」

1975年8月発売。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1975年8月末の発売ですから、

おそらく高校1年生の秋、

ようやく2人とも春から延ばし始めた髪の毛が伸びてきたころだったかも。

その後、彼は、髪を茶色に染めロバートプラントみたいな

くるくるパーマをかけて学校に来るようになったのですが。

当時の足利高校は校則は極めて緩かったので、

教師に嫌味を言われることはあっても、

髪形を改めるようには言われなかったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時はCDではなく30センチのLP。

大きいのでビニール袋に入ったレコードを

自転車の前のカゴに斜めに入れ、

さっそく自宅に帰って取り出しました。

ともかく、このジャケットにやられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロック史上カッコイイジャケットのベスト5には入るんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時のLPジャケットは1枚のヤツと見開き型があったのですが、

これは、見開き型。

ジャケットを開くと表と裏は1枚の写真になっており、

彼の盟友、Eストリートバンドのサックス奏者

クレランス・クレモンスとの2ショットも

バッチリ決まっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてすべてはB面の1曲目、

タイトルチューンの「Born To Run」に尽きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっきりいってLPには全8曲入っているけど

この曲1曲あれば、他はいらない、というほどの完成度。

名曲中の名曲です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都市の日常の中でうつうつと過ごす毎日からの脱出を歌う歌詞。

英語なので全ては理解できないが、

「Born to Run」という明快なタイトルと、

断片的な知ってる単語の羅列により、

ブルースのメッセージはストレートに伝わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、全編を貫く、この楽曲の疾走感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、オレはこんなところで、

いつまでもうだうだしててはいけないのだ、という焦りと、

これをぶち破って走り出さなければいけないんだ、

という、何か、前に進むエネルギーを与えられた感じでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、学校で高橋くんに会いました。

「なあ、オグラ、凄かっただろ。」

「いやー、カッコよかったー。」

「だろ、オレたちは走るために生まれてきたんだぜ。( `ー´)ノ」

「(゚Д゚;)」

「なんちゃって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシはその後もブルース・スプリングスティーンが好きだが、

大ファンというわけでもなく、

ニューアルバムが出るごとに買い求める、

というわけでもありませんでした。

ブルース・スプリングスティーンのスタイルは

ロック・バンドというよりは、シンガーソングライター。

デビュー当時はタンクトップを着たボブ・ディラン、

とも言われてました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むしろ、高校時代聴いていたのは、ロック、ハードロックが中心で、

レッド・ツェッペリン、ディープパープル、ユーライア・ヒープの

ブリティッシュハードロック御三家をはじめ、

バッド・カンパニーから遡ったフリー、

クリームやマウンテン、ジミ・ヘンドリックスなどの

当時古典になりつつあった名作、

リアルタイムではモントローズやZZトップ、エアロスミス、ストーンズ、

そしてBTOやグランドファンクなどのアメリカンロック、

ロイ・ブキャナンやロビン・トロワ―などのソロギタリスト、

レーナ―ド・スキナードやオールマンなどのサザンロックまで、

ロックと名の付くありとあらゆるものを聴き漁っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも「影響を受けたレコード」となると、

このレコード、厳密には「この1曲」を上げたいとおもいます。

音楽活動というよりは人生に影響、かも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手の出会いは年齢が大事で、

仮に、もしワタシがもっと若くて中高生のころ尾崎豊を聴いていたら、

「尾崎病」になっていたかもしれない。

だが、尾崎豊は6歳下で、

彼がデビューしたのは、ワタシが大学5年生だったので、

その時には「青臭いお子ちゃま」にしか聞こえませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でも「明日無き暴走」を聴くと、心が震えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青春前期の、不安と、不満と、いらだちと、そして欲望と、

そんなもろもろがマグマのようにドロドロと心に渦巻いていた、

あの時代です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、

ナチュラルのテレキャスター、黒ピックガードは、

ワタシにとってはキース・リチャーズよりも

ブルース・スプリングスティーンなのです。

 

 

 

 

 

 

 

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