ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.01.11

今宮純氏のご冥福をお祈り申し上げます。

F1の解説で有名なモータースポーツジャーナリストの今宮純さんが

1月4日にお亡くなりになったそうです。

70歳。虚血性心疾患での急死とのことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の訃報に驚きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

F1ファンにはおなじみですが、

フジテレビ地上波でF1中継が始まった時代から、

レギュラー解説者として、活躍されていました。

当時は古館伊知郎氏の熱い実況に、

今宮氏のクールな解説が絶妙でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロレス実況で地位を固めた古館アナは、

F1に対しては当初素人だったわけですが、

今宮氏の、やさしく、分かりやすい解説で、

暴走しがちな古館氏の実況がうまくコントロールされていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何よりも、彼の言葉にはF1に対する愛が常に感じられ、

ワレワレの心を打ったものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシが妻と0歳の長男と初めて行ったのが

1991年の日本グランプリでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このレースでマクラーレン・ホンダのアイルトン・セナは、

2年連続で自身最後となる

3度目のワールドチャンピオンを決めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実はその前の1989年、1990年は鈴鹿の日本グランプリでは、

2年ともドライバーズ・チャンピオンを争うアイルトン・セナとアラン・プロストの

遺恨深まる接触事故によって、

非常に後味の悪い形で

チャンピオンが決まっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1991年、鈴鹿から帰って、

録画しておいたテレビ中継を改めて2人で見たわけですが、

最後にアイルトン・セナがチャンピオンを決めたとき、

その年のチャンピオン争いをしたナイジェル・マンセルは、

セナに寄ってきて、祝福をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、今宮さんが

「今年は、こうして、スポーツマンシップにのっとったかたちで

鈴鹿でチャンピオンが決まって・・・、本当に・・・、本当に、・・・良かった。」

とコメントし、コメントの最後の方は泣き声になってしまい、

うまくしゃべれなくなってしまった、ということがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今宮さんの、F1を愛する気持ちがストレートに感じられ、

今でも大変印象に残っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨年3勝を挙げたレッドブルホンダは、

今年2020年、その1991年以来の

コンストラクタ―ズタイトルを狙える体制になりつつあります。

今宮氏が、おそらく、ホンダのタイトル争いを大いに楽しみにしていたであろうと思うと、

非常にその死が悔やまれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020.01.10

ミドルな匂いvol.13のお知らせ

 一昨年まで何回か出させていただいたこのイベント。

昨年は諸般の事情により、出演叶いませんでしたが、

また、今年「C5-dips」として出ることになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もともと、成人式の裏イベント的に中年オヤジバンドが集う、

というのが、このイベントの趣旨でしたが、

ワタシ、昨年還暦を迎え、もはや「ミドルエイジ」ではない、

という状況になっておりますが・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そこは目をつぶって、是非とも皆さまにも足を運んでいただきたく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回は、昨年まで行われていた太田市メイポールではなく、

大泉町の文化むら小ホールというところになります。

オーチャードホールの渋谷東急の文化村は知っていたが、

大泉町にもあるのか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワレワレの出番は、順当に行けば午後7時ころかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前売り1000円ですが、バンド名でお取り置きできますので、

もしご希望の方がいらっしゃいましたら、

病院受付で直接言っていただいても良いですし、お電話、メール、

フェイスブックなどのSNS、メッセンジャー等でもご連絡ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2020年のライブ初めになります。

よろしくお願い申し上げます。

 

 

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2020.01.09

イナビルネブライザー

 インフルエンザの流行は続いていて、

毎日2ケタにはなりませんが数人の陽性者が出ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、ときどきネツが出て病院に行ったけど検査してくれなかった、

という方がいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前の検査キットは半日待たないと陽性にならない、

ということでしたが、

最近は改善され、すぐ反応が出ます。

今日も昨夜は熱はなく10時に熱計ったら37.8℃、

という方が来ましたが、11時前の検査でもすぐ陽性。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逆に、熱が出て2,3時間で検査して陰性で、

翌日熱が続くので再検査、という人での陽性者はほとんど見ません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、昨年イナビルのネブライザー溶液というものが発売になりました。

吸入薬のイナビルを懸濁液にして、

10分から15分吸入する、というものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本小児科学会の

「2019/2020シーズンのインフルエンザ治療指針」によれば

この薬は充分なデータがなく、検討中、

ということになっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、そもそも、内服のタミフルが安全につかえるのに、

わざわざ値段も高く手間もかかり、

効果も不明確なこの薬を使うという選択肢は

まず、ないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらにイナビルは海外での第Ⅱ相試験において

プラセボ(偽薬)と有意な有効性が得られなかったことにより

海外での発売が中止となり、

使用できるのはわが国のみとなっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかも、多くの患者さんは気道症状として、

セキや、のどの過敏を合併している方が多く、

イナビルやリレンザなどの吸入薬そのものが、

上手く吸入できない場合があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リレンザは1日2回で5日間なので、

1,2回失敗してもチャンスがありますが、

イナビルは吸入も懸濁液もワンチャンスなので、

セキのある人や、子供さんに対しては選ぶ意味がないと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、仮に失敗して薬の効果が不十分でも、

健康な人ならインフルエンザはいずれ治っちゃう病気なんですけど。

 

 

 

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2020.01.08

スマホバッテリー交換~パート2:お得セット

 

 前年の話からの続きになります。

 

 

 

 で、その後、1月2日に突然携帯に着信。

ワタシの携帯、めったに電話かかってこないのですが、

スマホ修理店からでした。

部品が入らないので1月3日以降にしてくれとのこと。

本当にそうなのかなあ、

予約がオレしかいないから休んじゃおうってんじゃないかなあ。

でも、まあ、特に予定もないので1月3日に予約しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、1月3日にお店に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこでお店の人が言うには

お客さんのスマホはiPhone6でシールドがないタイプなので、

バッテリー交換だけだと、ホコリが入って壊れることがあります。

是非、当店独自のクリーニングとネジの締め直しとかの

サービスパック「お得セット1980円」をご利用ください、とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、いいです、それ無しで、と言ったら、

そのサービスパックをつけないオプションは無いとのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだ、そういうことか。

どこが「お得」なのか。

結局、その「お得」セットをつけ、消費税入れたら5000円でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店内の掲示では12月いっぱいのはずだった半額キャンペーン期間が

「好評につき」1月末まで期間延長されていました。

うーん、世の中というものは、そうなってるんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020.01.07

スマホバッテリー交換~パート1:ラストオーダー

 最近、スマホの充電100%にしても、すぐにバッテリーが減っちゃうようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒いせいかと思ったら、家族の話ではそれはバッテリーの劣化らしい。

なんと、娘も息子もバッテリーを交換して復活したと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネットで検索したら、足利市駅の近くにスマホの修理店があり、

バッテリー交換もできるようなので、

12月30日の午後行ってみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店内待ってるお客さんは誰もおらず、ラッキーと思い、

「スマホのバッテリー低下したみたいなので交換できますか?」

と尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スイマセン、今日は3時で終わりなので、予約をしてください。」

とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店内の時計を見ると、2時44分だが、まあ、仕方がないなあ、

と思い、1月2日に予約をとりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月いっぱいはキャンペーン実施中でバッテリー交換が半額だそうで。

今なら5000円のところが2500円。

それはオトクだ。

子供たちはともに5000円かかったと言ってたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、1月2日にお伺いします。

交換はどれくらい時間がかかりますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうですね、そのタイプだと20分くらいでできます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20分?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たしかにこれから始めたら3時はちょっと過ぎちゃうけど・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんかモヤモヤしつつ、予約票を写真に撮って帰ってきました。

年またぎのこの話は後編に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020.01.06

仕事始め

 今日から仕事始め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度予想されていたことだが、

初日の午前中は予想を上回る激混み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中半日の受付で来院者116人を数え、

仕事終わったのは午後2時15分過ぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いそいで昼食をとり、午後3時からの午後の外来に向け、

10分間だけ仮眠をとる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、午後の待ち人数は40人台。

これも予想していたが、予想以上に空いてるなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在午後5時の時点で待合室が空っぽになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、こうやってブログ書いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の考えることは同じと見えどうしても集中しがちだが、

いくらなんでも午前、午後の差が多すぎだな。

何か、調整の方法はないものか。

午前中に来た人も、午後でも大丈夫な

緊急性のない方が大部分であったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お正月休みに大渋滞した高速道路や

観光地周辺の道路は今頃ガラガラでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020.01.05

アラ還世代の年賀状

 今年も多くの年賀状をいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前も書きましたが、年賀状をやりとりする相手は、

やはり基本的には同じジェネレーションのヒトが多いので、

世代的流行があります。

我が家はワタシが昨年還暦、妻は再来年還暦の「アラ還」世代です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、ワタシが結婚、子育て世代のころは、

「結婚しました」と結婚式のケーキカットの写真だったり、

「新しい家族が増えました」などという赤ちゃんの写真だったりしたものですが、

今はすっかり様変わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年あたりの傾向を見ると、

「イヌ」「山」「孫」が3大テーマですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「イヌ」とは子供が自立し、家を離れ、

夫婦の名前の下にはかつての子供の名前のかわりに

ペットの名前と年齢が書き添えられ、

子供の写真の代わりにイヌやネコがコスプレした写真が

年賀状の中心を占めるようになります。

どうも、ネコよりイヌの方が圧倒的に多いようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「山」とは、以前も書きましたが、

山登り、山歩きを趣味とする中高年が非常に多い。

しかも、多くは一人登山のようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして「孫」とは、言わずと知れた孫の写真。

子供が結婚し、孫ができると、

例外なくじいちゃん、ばあちゃんは孫にぞっこんになるようで。

とくにじいちゃんにその傾向が強いように見受けられます。

もらう方としては、ペットならまだしも

いきなりまだ幼稚園にも上がらない孫の写真を見せられても

面白くも何ともないのですが、

当人にとっては、孫と遊ぶことが、いまや「生きがい」に等しかったりするわけで、

まあ、仕方のないところではあるんですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなパターンが大半を占めるアラ還夫婦あての年賀状ですが、

今年、ちらほら目についたのが、リタイアの便り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワレワレより数個上の先輩の先生からの年賀状に、

医院を今年で「閉院」します、というお知らせが複数ありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか、会社なら65歳で定年のところが多く、

勤務医もそんな感じだが、開業医の先生でも

60代半ばで閉院する人は少なからずいるらしい。

教員やってる友人は60歳定年なので、

今年3月で退職します、ということであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワレワレも何となく、考えなくてはならない年齢になっているのだなあ。

 

 

 

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2020.01.04

スターウォーズ・スカイウォーカーの夜明け

 ついに見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月20日公開。

早く見ないと、なにかネタバレしちゃったら困る、と思いつつ過ごしてきました。

とくにやまfacebookなどのSNS関係やブログなどアブナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月30日に子供たちが帰ってきて、また、1月3日以降は全員揃わないので、

ここしかない、という1月2日に一家4人で見てきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アシコタウンの駐車場は満杯。

運よく空きスペースが見つかりましたが、上映開始に間に合わないかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、映画館はすいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お正月なので、会場は満員とはいかないまでも席はけっこう埋まるだろうと

朝早くネットでチケットをとっていましたが、

15時過ぎからの上映時はガラガラでした。

田舎のありがたさですが、映画館また潰れちゃうと困るなあ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応、シネコンの中でも多分一番広い部屋だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スターウォーズ・スカイウォーカーの夜明け」。

原題は「The Rise of Skywalker」なので、

「夜明け」という日本語タイトルには異論もあるようですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、これでスターウォーズも最後。

第1作エピソードⅣの全米公開は1977年高校3年生の時でした。

日本公開はその翌年になりますが、

公開前にラジオの深夜放送でばんばひろふみさんが

来年はSF映画ブームが来ますよ、

と言っていたのを記憶しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SF宇宙モノといえば、ワタシが子供のころは

「地球防衛軍」や「キャプテンウルトラ」、

海外では「禁断の惑星」「宇宙船XL-5」「スタートレック/宇宙大作戦」

などが人気でしたが、

1968年の「2001年宇宙の旅」の衝撃に、その後はかえって衰退。

以後、「エクソシスト」「オーメン」などのホラー映画、

「タワーリング・インフェルノ」「ジョーズ」などのパニック映画、

「ロッキー」や「ゴッドファーザー」などのヒューマンドラマが

シリーズもので人気でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SF宇宙モノで子供時代を過ごした身にすれば、

え、今さら、宇宙モノ?という感はありました。

なにしろ、1968年の「2001年宇宙の旅」のあと、

1969年に実際に人類が月面に降り立ってしまい、

宇宙はファイナル・フロンティアではなくなった感があったので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、スターウォーズ第1作の日本公開は1978年の夏。

当時、浪人生だったワタシは映画を見ることなどトンデモナイ身分で、

受験勉強、予備校の夏季講習に集中していました。

当時のタイトルは単に「スターウォーズ」で、

続編が作られることも予想していませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その続編「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」の公開は1980年。

この時は、大学2年生。

この映画は映画館に行き、見ました。

ただし、第1作の「エピソードⅣ」がテレビ放送されたのは1983年が最初なので、

レンタルビデオなどもない時代、

ワタシの見た順番は「エピソードⅤ」が最初で、

次が「エピソードⅣ」ということになっています。

テレビで第1作を後から見て、納得した面もありましたが、

この地上波(当時は地上波しかないけど)吹替え版は、

ルークが太陽にほえろの「ラガー刑事」こと渡辺徹さんはまだ良いとして、

レイア姫は「コメットさん」「グリコ・プッチンプリン」で

人気のアイドル大場久美子ちゃんで、

これが大変アレで、スートリーにイマイチ乗れなかった記憶があります。

その後の吹替え版はプロの声優さんに差し替えられたらしいですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は映画公開時にリアルタイムで見てきたわけですが、

今回で最後、ということでオープニングタイトルの

「a long time ago in a galaxy far far away」から、

アタマの中でいろんな記憶がグルグルと渦巻いて

感動が高まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スターウォーズを知ってから43年、

はじめてスターウォーズを映画館で観た1980年からはちょうど40年。

最初は男友達と見にいったが、

そのうち女友達と見にいったこともあり、

大学卒業後の特別版からは現在の妻と、

そして1999年からの新3部作は子供も一緒に楽しんだ。

最初は小さかった子供たちも、

ワタシが妻と知り合った年齢くらいになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさに大河ドラマ。

最初に観たとき、この話をすべて観るのに40年かかる、

とは思いもよらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネタバレいやな方は以下はとばしてください。

肝心の映画についてはいろいろなご意見があるようですが、

ワタシ的にはこれで良かった、満足しました。

万人に支持されるストーリーはないし、これだけ広げた風呂敷を畳むには

それほど多くの畳み方は無いと思います。

だから、ここは予定通り、予想通りでけっこう、

冒険や、意外性や、問題提起はもはやカンベンです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前作の公開直前に死去されたキャリー・フィッシャーさんについては

代役を立てず、生前に残されたフィルムを編集してまとめたそうで、

その手腕は見事でした。

紅白歌合戦のAI美空ひばり、ヤバかったからなあ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個人的には最後にまた「Xウイング」が活躍して大満足。

レッド5が引き上げられるシーンは感動モノ。

フォースの力で水の中から出てくるシーンはダコバの沼のあのシーンを思い出させますね。

レイはルークと同じ反乱軍のマークのヘルメットだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イイとこ持ってったのはランド。

イイ感じに老けましたね。

もともと、ファルコンはランドの船だったしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、当時もポンコツだが銀河一早かったミレニアム・ファルコンは

40年以上たった今でもダントツに早いのだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、「完結」したスターウォーズ。

この歳まで生きていてよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もっとも第1作を含め、今までに

今回を含めて4回「完結」しているスターウォーズ。

ディズニーのことだから、このままでは終わらないとは思いますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカイウォーカー家に関してはこれで一応終わった、はず?

でも、死んだはずのキャラの復活や隠されていた血縁が後からわかるのが

この物語の定石ですから、わかりませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョージ・ルーカスさんは現在75歳だそうです。

すばらしい映画をありがとうございました。

 

 

 

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2020.01.03

「新」天皇杯・皇后杯

 元日に決勝が行われた天皇杯は

ヴィッセル神戸が鹿島アントラーズを2-0で破って初優勝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神戸にとってリーグ戦、カップ戦を通じての初タイトル、

ビジャのラストゲームへのはなむけにもなった。

ワタシ的にはレッズを準々決勝で破った鹿島アントラーズに対してのリベンジ

という意味でも良い結果になった。

テレビでずっとヴィッセルを応援していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、昨年の天皇杯決勝は、国立競技場が建設中で、

しかも代表日程の関係で12月に埼スタで行われ、

レッズは優勝したものの、

天皇杯は元日、という感覚が定着しているので、

なんか、実感がなかったなあ。

新国立競技場のこけら落とし、できればレッズが優勝したかったが、

ヴィッセル神戸の皆さん、おめでとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国立競技場も新規だが、

このタイトルが「天皇」杯ということを考えると、

天皇陛下も代替わりしたので、

こちらも新天皇になって初の天皇杯、ということになりますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、年末に行われた皇后杯も、

新皇后初、ということになったわけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらは、浦和レッズ・レディースが初優勝を狙ったのですが、

常勝軍団日テレベレーザに0-1で敗れ、涙をのみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日テレベレーザは2019年国内カップ戦、リーグ戦、皇后杯の3冠に加え、

男子のアジアチャンピオンズリーグにあたるAFC女子クラブ選手権も制し、

リーグ戦は5連覇、リーグ杯は2連覇、皇后杯は3連覇中という、

いくらなんでも強すぎだろ。(゚Д゚;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前は、皇后杯は天皇杯の前座的に、元日に国立競技場で行われていました。

今年くらい、新国立でやればよかったのに。

だが、浦和レッズレディースのサポは浦和レッズサポも多いだろうから、

皇后杯が終わったら、帰っちゃうか、神戸の応援に回るか、でしょうね、多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシと同い年の天皇陛下はサッカーはどうなんだろう。

あまり興味はないのでしょうか。

もし、天皇陛下が直接優勝カップを手渡したら、

相当盛り上がるだろうと思いますけど。

多分、宮内庁のジジイが猛反対するでしょうが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020.01.02

元日は登校日

 今の人が聞いたらびっくりするでしょうが、

昔は1月1日は「登校日」だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネットで調べてみると、

戦前はどこの小学校も元日は登校日で、

国旗を掲揚し、教育勅語をみなで唱えた、とあります。

ふむふむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、元日に登校する慣習は戦後もあったが、

多くの地域は昭和20年代に廃止され、

東京は昭和30年ころまで、

近畿地方の一部地域では昭和40年ころまであったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実は、ワタシが小学校1年生の時は元日登校はありました。

そして、小学2年生の時には、無かった。

ということは足利市の元旦登校は1967年(昭和42年)の元日が最後、

ということになります。

全国的にもかなり「遅れていた」?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナゼ、このことを鮮明に覚えているかというと、

あるモノがカギになっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、元日に学校に行ったときの様子も何をしたかも全く覚えていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一つ覚えているのは、帰るときにもらった「おみやげ」です。

戦前からの風習で元日登校の帰りにはお菓子などの「おみやげ」がもらえました。

かつては、紅白のお餅などであったようですが、

ワタシたちが、1年生の時もらったのは、

「サンダーバードのチョコレート」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たぶん、今のスマホくらいの小さい板チョコでしたが、

これが、うれしくてうれしくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絵柄はたしか、1号とスコットだったと思うが、

ひょっとしたら3号とアランだったかも。

色は青だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1966年4月から1067年4月まで放送された「サンダーバード」は、

同時期に放送された「ウルトラマン」と並んで

少年時代のワタシを夢中にさせました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、チョコレートも、なかなか親が買ってくれない

大好きなお菓子の代表だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかも、親が買ってくれるチョコレートは、

必ず「弟と半分こしなさい」といったものだったのに対し、

このサンダーバードチョコレートはいわばパーソナルサイズで、

全部自分で食べられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 板チョコを割って、分けてお皿に並べて食べる、のではなく、

銀紙をむいてじかに食べる、というのも憧れの食べ方だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくは、もったいなくて食べられず、

自分の机の引き出しにしまって、

時々取り出しては眺めてニヤニヤしていたように思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然、次の年の元日登校も、実は楽しみにして心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、それがないと聞いたときの喪失感はけっこうあったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆえに、足利市の元日登校が

1968年から無くなったことは、おそらく確実です。(*^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時は、コンビニはおろか、まだスーパーもない時代でした。

こうしてみると、オレも相当ジジイだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

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