ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2018.07.07

続・ブラックペアンの時代

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そんなわけで、ブラックペアンには

バブル時代の地方大学病院外科系の描写があり、

ちょうどワタシが医者になったころのことで、

懐かしい気持ちにさせられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

小説でオペ室での場面。

 

 

 

 

 

 

 

 

手術に入る医者はまず「手洗い」をします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ着(最近は「スクラブ」というようです)を着て

「清潔」になるために、「手洗い」をします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足で踏んで「ブラシ」を出し、3回ゴシゴシ洗う。

ブラシは当時は靴磨きのブラシみたいなごわごわしたやつでした。

最近はこの硬いブラシによる手洗いは、

手指に傷がついてかえって感染巣になる恐れがあるとのことで

やらないという話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガウンのはしをもって看護婦さんに渡し、ガウンを着せてもらう。

手術の手袋は大学病院では自分ではめました。

その後勤務した病院では、看護師さんがぎゅーって広げてくれて、

そこにずぼっと手を突っ込んではめてもらうのですが、

これがなかなかカッコイイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研修医の世良先生がこの手術室に入って、

いろいろ学んでいくところは、

若い研修医時代の自分と重なって読んでいてワクワクした場面でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

糸結びの練習のシーンも出てきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絹糸をもらって、「外科結び」の練習をするのは変わらないのですが、

小説のように白衣のボタンホールではしなかったなあ。

引き出しの取っ手や、ブックスタンドのパイプ部分は結び目でイッパイでしたが、

田舎の病院の「あるある」はクルマのハンドルです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田舎では「クルマ社会」なので、自家用車で通勤する人が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若い外科医は信号待ちの時間を利用して

ハンドルに外科結びのタマタマを積み上げていきます。

医師駐車場を覗くとそんな車がいっぱいとまっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡海先生のように製薬会社のプロパーさんを「金づる」にする、

というところまではなかったですが、

前回書いたようにメーカーによる接待なんかは多かったですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとも先輩の先生に言わせると、

「オイルショック前は、こんなモノじゃなかった。」

という話ですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡海先生が抗生剤の使用をめぐって

製薬会社に「たかる」くだりが出てきますが、

当時はたしかに抗生剤バブルの時代でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外科系の病棟では術後感染予防ということで、

点滴の抗生物質を大量に使用していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとも多用されるβ―ラクタム系の抗生剤は、

ペニシリンから、セフェム系第1世代、第2世代、第3世代と

つぎつぎに新薬が開発、発売されていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世代が進むと、効く菌の種類(抗菌スペクトル)が拡大し、

それとともに薬の値段もどんどん上がります。

競争相手が多いので各メーカーとも売り込みに必死です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小説では術後抗生物質を「精錬製薬」の「セイレイン」から

「サンザシ製薬」の「サンザシン」に替える、というくだり。

たぶん、どっちもセフェム系第3世代あたりだな。( ̄▽ ̄)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この製薬会社の名前をもじった注射用抗生剤のネーミングは、

この頃たいへん流行ってまして、

「〇〇ノギ製薬」の「〇〇マリン」、「△△ジ製菓」の「△△セリン」

「××ダ製薬」の「××スリン」「◇◇ノウチ製薬」の「◇◇テタン」など、

みーんなセフェム系。

まさに社運を賭けた製品だったんでしょうね。

全問正解者は間違いなくバブル期の外科医です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところがこのセフェム系、世代が進むと抗菌スペクトルは広がるのだが、

それに反比例して術後感染の主体となる

グラム陽性菌群に対する抗菌力が減弱していたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを知らずに、

新しいモノがいいモノだろうと使っていた我々医者がバカでしたが、

製薬メーカーの人はそんなこと一言も教えてくれませんでした。

メーカーでも学術のヒトは知っていても、

営業のヒトには詳しく教えていなかったのかもしれませんが・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、術後感染、菌交代、耐性菌、などという問題が噴出し、

周術期の抗生剤の使用法は大幅に見直されることになったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でも、この耐性菌の問題は継続しており、

ワタシはこのブログで繰り返し抗生剤の適正使用を強調しているわけですが、

その裏には「抗生剤バブルとその崩壊」を

リアルタイムで目の当たりにしてきた医者としての体験があるからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、手洗いにしろ、メーカーの接待にしろ、抗生剤の使用にしろ、

今と昔ではだいぶ医療現場も変わってきました。

でも、今も昔も若い研修医が思うことは、

少しでも早く一人前の医者になりたい、

医者としての技量を上げたい、

そして「良い医者」になり、一人でも多くの人を病気から救いたい、

という点では同じでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミステリーとしての楽しみのほかに

そんな、若い医者だったころの気持ちも呼び覚ましてくれた

「小説 ブラックペアン1988」でした。

オレもこんな小説、書いてみたいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1件のコメント

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  1. お書きください!
     ぜひ!!
     耳鼻科領域ならではのストーリーを期待します。

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