影響を受けたレコード①:ザ・ビートルズ赤盤/青盤
コロナ禍のため、facebookでは、いろいろなリレーが回っていますが、
次のようなものが回ってきました。
正確には「ザ・ビートルズ1962年~1966年」
「ザ・ビートルズ1967年~1970年」
といいます。
リリースは1973年4月ですから、ワタシが中学2年生。
だが、LPレコード2枚組×2のこのレコードは、
ワタシは所有していませんでした。
当時LPレコードは1枚2500円前後、2枚組のこの盤は
3000~4000円はしたはず。
なかなか、手が出ませんでした。
それを裕福な(?)同級生が所有しており、
それを借りてカセットテープに録音したのです。
ちなみにその同級生とは、何を隠そう薬局のコミネくんです。
彼は同級生の中でもませていて、
家庭教師の大学生からこのレコードを勧められ、
親に頼んで買ってもらったらしい。
さて、中学2年生といえば、ワタシのロック元年で、
その黒船がまさにこのレコードでした。
中学生になり自室でラジオを聴くようになり、
当時流行っていた井上陽水、かぐや姫、よしだたくろうなどの
フォークソングにまずハマりましたが、
ラジオから流れる洋楽ポップスにも親しみを感じるように
なっていったのです。
すでにビートルズが解散して3、4年たっていました。
ビートルズは昭和40年代初頭には日本でも「社会現象」でしたから、
その名前は小学校のころから当然知っていましたが
それはニュースで耳にする、
「悪しき若者文化」「反社会的な不良の音楽」
というレッテルの貼られたものだったのです。
いや、まさか、あのビートルズを自分が好きになるとは、
と、我ながらあせった感じすらありました。
これをきっかけにロックミュージックというものに興味を持ち、
その後完全にロックの虜になって、
自分の生き方、モノの考え方に大きな影響をうけ、
さらにそれが今も続いていて、
「ロックな耳鼻科」などというブログを書くことになろうとは。
今聴いてもこの2枚組×2の選曲は絶妙です。
そして赤盤の1966年を最後にビートルズはライブ活動をやめ、
青盤の1967年以降はスタジオワークが中心の
レコーディングアーチストに変わっていきます。
この辺のバンドスタイルの切り替えも、
アルバムを4枚組1セットではなく
2枚組×2セットにすることによって実に上手く表現されています。
ワタシのような「新参者」は、
最初はヒット曲満載のキャッチ―な赤盤の方に耳を奪われすが、
聴きこむうちに青盤の奥深さに魅了されていく
という仕組みになっています。
実はともに2枚組ですが、赤盤の演奏時間は短く63分。
青盤は90分近くあります。
なので、カセットテープに録音する場合、
青盤は通常のLP用の90分テープ(C-90)だが、
赤盤はうまくタイミングを合わせると
60分テープにピッタリ収まります。
当時ソニーのカセットテープは3種類。
C-60が赤色、C-90が緑色、C-120が水色でデザインされていました。
赤盤をC-60、青盤をC-90に録音して聴いていたワタシとしては
ビミョーに赤盤、緑盤だったりのイメージもあります。
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