ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.06.27

チフスのメアリー~病魔という悪の物語

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疫病関係ではこんな本も読みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この物語は、20世紀初頭のアメリカでのお話。

「チフスのメアリー」とは本名メアリー・マローンといい、

1869年生まれのアイルランド移民。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の話は、前回のロンドンのコレラからは半世紀がたっており、

その半世紀の細菌学の目覚ましい進歩により、

この時点ではチフスはチフス菌(Salmonella Typhi)によるもの

であることは、すでに分かっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時のニューヨークでは

年間3000~4000人ものチフスの患者は出ていたのですが、

集団発生した家庭を調べたところ、

そこで、同じ女性が家政婦として働いていたことがわかったのです。

彼女は過去10年間に8軒の家で賄い婦として働き、

そのうち7軒の家から22名のチフス患者が出ていました。

うち1名が死亡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雇い主から調査を依頼された衛生士は、

彼女があやしいと考え、ニューヨーク市衛生局に連絡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それまで、まったくチフスの症状がなかった彼女は、

当初、検査を頑強に拒否しましたが、

(大きな金属製のフォークを振り回して抵抗したといわれています)

最終的に警察が介入し強制的に身柄を確保。

検査の上、彼女の便からチフス菌が検出されたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でいう「健康保菌者」「無症候保菌者」「Healthy Carrier」ですが、

当時は、その概念がよくわかっていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は島の隔離施設に隔離され、

身に覚えのない彼女は、裁判を起こしますが、裁判には敗訴。

だが、その後、料理の仕事につかないことを条件に

約3年後に施設を出ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、メアリーは衛生局と連絡を取りながら

しばらくは洗濯婦など食品を扱わない仕事をしていました。

しかし、その後行方をくらまし、

数年後にチフス発生の施設で

偽名を使って賄い婦として働いていたことが発覚、

今度は25人が感染、2名が亡くなりました。

再び隔離施設に収容され、

今度は、それから23年間生涯そこを出ることはなかったといいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この悲劇の本質はどこにあるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社会一般から見れば、

危険な病原菌をまき散らすと知っていながら、

偽名を使ってまで、賄い婦を続けたメアリーは

「恐ろしい魔女」と認識されるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とくにそのイメージは、そのことを誇張して書き立てた、

マスコミによって増幅されました。

1909年の新聞に載ったこのイラストが象徴しています。

「チフスのメアリー」と悪意のあるニックネームをつけられた彼女が

フライパンに入れているのは人間の頭蓋骨です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また検査を拒否したり、フォークで抵抗したり、

なんといっても、消息をくらまし、偽名で調理人として働いていた、

ということは「悪意」を持っていることを示しているとも言えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一方で、彼女は白人ではありますが、

貧しいアイルランド移民として差別されていた、という背景もあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューヨークには少なくとも100~200人程度の

健康保菌者がいたといわれ、

実際に名前と因果関係が確認され、

隔離の措置を受けた人もいましたが、

生涯を通じて出所がかなわなかったのは彼女だけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の頑なな性格もありますが、

彼女としては貧しいアイルランド移民であるがために

身に覚えのない冤罪をこうむっている、

という被害者意識があったものと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女のような身分では洗濯、掃除などの一般的な仕事よりも

料理賄人としての方が、はるかに高収入を得られ、

彼女自身も料理が好きで得意であった、ということもあるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、何よりも当時の医学の状態では、

「健康保菌者」についてよくわかっていなかったことが多く、

医者としても、自信を持った正確な説明が、彼女に対してできず、

まして無学な彼女には、その事実がよく理解できなかった、

ということが考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の病理解剖で、

彼女の胆のうにチフスの感染源があったことがわかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時の未熟であった医学の診断と治療の隙間に、

彼女は落ち込んでしまったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伝染病に関して、公衆衛生的な問題と、人権の問題は

しばしば摩擦を起こします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンセン氏病の患者さんは、

長年にわたって社会から酷い差別を受けてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイズウイルスの蔓延が世界的に始まったころ、

同性愛者への偏見、中傷が数多くありました。

また、本来、日常の接触では感染しないウイルスであるのに、

エイズ患者に対する差別も多くありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今回の新型コロナウイルスの場合も、

我が国の医療関係者や、その家族に対し

いわれのない非難が浴びせらることがあったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チフスのメアリーは不幸でしたが、

症例としての彼女の存在は、医学界にとって大きな知見となり、

のちの感染症に対する診断、治療の進歩に寄与しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとともに、我々は、チフスのメアリーから、

病気に対して正しい知識を持って、

感染症を決して差別の対象にしてはいけないのだ、

ということもまた学ぶべきでしょう。

 

 

 

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