ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2008.05.23

PKのジンクス

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 いやーすごい試合でしたねー。
Sさん、あの結果話してたら半年の出入り禁止ではすまなかったですね。


 UEFAチャンピオンズリーグ07-08決勝
 マンチェスター・ユナイテッド  1-1  チェルシー  (ルジニキ・スタジアム/モスクワ)
              (前半  1-1)
              (後半  0-0)
           (延長前・後  0-0)
              (PK   6-5)


 プレミア・リーグはいまや名実ともに世界のトップ・リーグになったのですね。
一時の低迷を思うと、夢のようです。
 前半、ブラウンとスコールズの見事なパス交換から、C・ロナウドがヘッドを決めたときは、
このままユナイテッドが、押し切るかと思いました。
事実3~4回の決定機がありましたし、ボール・ポゼッションも、かなり差があったようだ。
 しかし、前半終了間際のチェルシーの同点ゴール。
これが、後半の流れを変えるきっかけになる。
 降りしきる冷たい雨と、時間とともに重くなっていくピッチ。
人工芝の上に天然芝を乗せたという不安定なピッチが水を含んで、
早いパス回しを武器とするユナイテッドの力を奪っていく。
信じられないことにファーディナンドが、ビディッチが次々足をつってしまう。
 チェルシーは前線の魔人ドログバを、目標にカウンターサッカーに徹する。
そこに、ランパード、エッシェンがからむ。
バラック、J・コールがミドルを狙う。
ボール支配率はユナイテッドだが、シュート数はチェルシーがはるかに上回る。
 そして、その後追加点なく、延長も無得点のままPK戦。
 さて、
 「ビッグゲームのPK戦では、キャプテンや、エースがはずす」というサッカー界のお約束、があります。
 ちょっと、思い出してみても
1994年のアメリカワールドカップ決勝のイタリア代表のエース、ロベルト・バッジオがはずし
ブラジルに優勝をさらわれた試合。
2000年のシドニー・オリンピックで中田英寿がはずして、アメリカに敗れた試合。
2004年のJリーグ・チャンピオンシップでは、
浦和のキャプテン山田暢久の失敗で、横浜マリノスに優勝を譲った。
そー言えば1995年頃JリーグでPK戦やってた頃、
浦和と名古屋との試合でなかなか決着がつかず、
最後に14人目(つまり2巡目)まで回って、はずしたのがブッフバルトだったなー。
 私がその中でも、強い印象があるのが1986年のワールドカップ、準決勝だったかの
フランス対ブラジルのPK戦です。
PKの名手といわれたブラジルのソクラテスが何と失敗してしまいます。
「おー、そんな馬鹿な。」と思ったら、
今度は今なおフランスの歴史上最高のプレーヤーといわれている
将軍ミッシェル・プラティニがワクをはずしてしまったのだ。
PK戦、恐るべし。
 で、今回もドラマが。
ユナイテッドの3人目のキッカーは、今大会の得点王で、今日も華麗なヘッドを決めたC・ロナウド。
しかし、彼の頭の中には、準決勝1stレグ、バルセロナ戦でのPK失敗がどれくらいの
プレッシャーを残していたろう。
助走を開始したロナウドは、一瞬立ち止まってしまう。
それは、キーパーを挑発、翻弄しようとしたフェイクではない。
明らかな、迷い、ためらいがはるか離れた私の家のテレビの前でも、感じられた。
観客も、視聴者も、チーム・メイトも、そして何より本人とキーパーがキックの前に
「止められる。」
と感じたはずだ。
その後チェルシーは全員がゴール。
そして最後にチェルシーのキャプテン、テリーがボールを置いたとき
ユナイテッドの選手、サポーターは9割がた敗戦を覚悟していたことだろう。
 しかし、サッカーの神様は更なるドラマを用意していた。
エースのPK戦のジンクスはまだ終わってなかった。
ぬれたピッチに立ち足をとられたテリーのキックをファン・デル・サールがセーブした時
流れは、ユナイテッドに来ていた。
 ある意味最後のチェルシーのアネルカの失敗は、その時点で決まってしまった運命だったのかも。
 ユナイテッドの勝利の決まった瞬間、すべての選手がベンチに走りより、
抱き合って喜びを爆発させていた中で、一人土砂降りのグラウンドに突っ伏して号泣していた
C・ロナウドの姿が、ひときわ印象に残りました。
 

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