ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2010.08.01

8月2日のメモリー(最終話)

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 前々々々回の続きです。
順番にお読みください。
 フェリーでの一夜が明け、広い船室の中でも次第に人々が起き始めた。
 夏休みなので大広間に雑魚寝状態の2等船室は
ほぼ満員状態だった。
 そこかしこで、グループや家族連れが、徐々に荷物の整理などを始めていた。
 さて、もうすぐ九州か、と思った頃、
ざわつく船内に呼び出しの放送が流れた。
「前橋からお越しのT内様、お電話が入っております。
船内受付までお越しください。」
「あれ、今、前橋って言ってた?」
「えっ、T内ってことはウチらのこと?」
 良く耳を澄ますと、やはり我々に対する呼び出しだ。
「なんで、ここまで電話が。」
「事故の件で、警察かなんかから自宅に連絡がいったんじゃないの。」
「ああ、そうかも。」
「心配ないって言っとけよ。」
 仲間の声を背に、T内君は一人で船内受付に向かって行った。
 そして、数分後、帰って来たT内君の顔は真っ青だった。
「おお、どうだった。」
「それが・・・。」
「なんだよ、帰って来いってか。」
「いや・・・、それとは関係ない。」
「じゃあ、どうした?」
「みんな、落ち着いて聞いてくれ、昨日、H田が死んだ。」
「死んだ?H田って、あの、サッカー部の?」
 なんと前橋からの電話は同級生の突然の訃報を伝えるものだったのだ。
 話によると、H田君はこれまた同級生のU波君と、
 谷川岳に登山に行っていたそうだ。
 登山の得意なU波君と二人で登山中、岩場で滑落。
 頭部を強打して即死に近い状態だったらしい。
 「昨日の、ご、午前中か。」
 
 「ああ、そうらしい。」
 昨日の午前中といえば、
オレたちが事故った時間と何時間も違わない。
 「・・・厄日だ。」
 誰かがつぶやいた。
 まかり間違えば、その日、オレたちを含め、同級生一挙4人が死んでたかもしれなかった。
 前日の事故の後、死んでたかも、といいながらも、
それほど重くは受け止めていなかったオレたちに、
そこにあった死への可能性が、急に現実的なものとして実感された。
 人間の生死の危うさを肌で感じ、我々は背筋に冷たいものが走る思いだった。
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 あの夏から、27年。
 そんなわけで、今年もやってくる8月2日。
 毎年、この日が来る度に、生と死について考え、
また、不慮の死を遂げた同級生の冥福を祈る気持ちがよみがえる。
 そしてまた、オレたちは、医師への道半ばにして夭折したH田君の分まで、
精一杯、医者としてのつとめを果たさねばと心に思うのだ。
 今年も、あの年みたいな暑い夏だ。
       ~完~
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