ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2018.08.18

駿台の1年


 海藤尊氏のことを検索していて、こんな本を発見し、

アマゾンで買ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 海藤氏も1年お世話になったということでこの本に取材されていたわけですが、

ワタシも高校卒業後の1年間、

お茶の水の駿台(当時は駿台高等予備校といいましたが)に通っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足利高校で現役の時、一期校北大、二期校弘前大を受験し、

ともに不合格だったわけですが、

当時は一期校と二期校の間に駿台の入試がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駿河台の明治大学で受験したのを今でも覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、駿台の入試で午前部理科3類に合格。

このとき、まだ二期校受験前でしたが、これなら受かるのでは、

と思ったものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駿台午前部理3は、国立大医学部コースでかなりの難関、

国立理系コースの理2はもちろん、

東大コースの理1よりも難しいといわれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、翌年から導入される共通一次試験を避けたい

受験生心理の余波(?)を受け、

あえなく二期校も撃沈、浪人生となったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、この駿台での1年間はワタシの人生にとって

大変得難い貴重な時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なによりも大学受験に対する安心感が違います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシの高校は地方の進学校ではありましたが、

国立医学部に合格するものは1年に1、2人。

ワタシの代では同じ学年で東大、東工大を目指す者はいましたが

医学部を狙ってるヤツは他にはいませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、駿台理3は、ほぼ全員が医学部を受験する。

なので、この集団で一定の順位をキープすれば、

医学部に受かるレベルと言えるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理3は1000人もいるのですが、入試の成績順にほぼ250人づつ

AからDのクラスに振り分けられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシは入学時たしか520番台でC組の前のほうでした。

席の横並びのヒトは成績がほぼ同じわけで、

ワタシの横は麻布高校と横浜翠嵐、どちらも名門校です。

訊けば、麻布の彼はワタシと同じ二期校を受験し、失敗していました。(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 模試の点数が集計され、2学期、3学期に席替え、クラス替えになります。

ワタシの場合2学期は370番台でB組にあがり、

最終的にはたしか、315番まで上がりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、予備校の授業、教材、指導によるものが大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、授業は目からウロコ落ちまくりで、

こういう勉強をすれば問題が解けるのか、点が取れるのか、と

田舎と都会の格差を大きく感じました。

当然、成績も上がるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、明日をも知れぬ浪人生活は確かに苦しかったけれど、

今まで暗中模索だった受験勉強に、

進むべき道が照らし出されたことによって、

大変充実した受験生活を送ることができたと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際、大学に入って同級生に「駿台仲間」が多く、

最初のうちは駿台の話題で友人が増えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅浪人や地元の予備校では、おそらく合格できなかったかもしれず、

1年間駿台に通わせてくれた亡き母にいまもその点は感謝しています。

いきなり東京に下宿させる余裕は我が家にはなく、

最初夏までは足利から2時間かけ通学、

その後親戚の家に厄介になり、

受験が近づいて11月頃から下宿して予備校に通いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシにとって幼稚園は別として、小中高、そして大学も公立でしたが、

唯一「私立の学校」に通った1年間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現役で合格しなくて良かった、

というのは負け惜しみではなく今振り返ってそう思います。

まあ、浪人して受かったから言えるのですが・・・。(^^;)

 

 

 

 

 

 

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