ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2009.08.01

耳鼻咽喉科認定専門医試験その2

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 前回の続きです。
一つ前の、「その1」からお読みください。
 当時私は、総合病院の耳鼻咽喉科の科長をしてました。
 一緒に試験を受けるのは同期入局のヤジさんこと矢島先生。
 6年目になると、カルテやメモをひっくり返して5年間の研修記録をノートにまとめます。
それを教授のとこに持って行って確認してもらってハンコをもらい
耳鼻咽喉科学会に郵送して、それが認められれば、受験資格が得られます。
 春から、過去問の問題集とテキストをコツコツ始めます。
 ヤジさんは大学病院勤務のため、医局会や症例検討会なんかで顔を合わせるたび
「勉強やってる?」
「いやー、なかなか。」
と、お互いにけん制し合います。
 仕事の合間や、暇を見ては問題集をといたり、重要事項を暗記します。
医師国家試験から5年、年齢とともに記憶力は減退しています。
 「うー、覚えらんねー。」
 そして夏、ヤジさんと試験を受けに行くことになりました。
 試験会場は東京。
 金曜日の仕事が終わった後、前橋駅で待ち合わせて、
夜東京に向かいました。
 会場近くのホテルに宿をとり、一緒に食事をしましたが
「今夜は、飲まないでおこう。」
ということで、いつもは朝まで飲んじゃう二人が、早々に各々の部屋に戻りました。
 試験は2日間。
 初日が筆記試験で、2日目が口頭試問。
ヤジさんは東京に2泊したのですが、私はちょっとした事情がありました。
 当時私は、結婚したばっかり。
 そう、何とか自分が子供のころから見てきた「足利の花火」を妻と見たかったのです。
 そこで、妻には土曜日に前橋から足利の実家のほうに行っててもらって、
私は東京からいったん足利に戻り、また翌日東京へ、という強行日程を組みました。
 1日目の午前、午後の試験を受けて、夕方足利に帰ってきたのが
もう7時を少し過ぎたころでした。
 足利市駅をおりると、花火見物の人で大混雑。
みんな短パンや浴衣や、そういった格好なんですが、
その中をネクタイ、スーツ姿でカバンもって人を掻き分けながら中橋をわたります。
 当時足利の花火は、今よりかなり西より、ちょうど田中橋、中橋、渡良瀬橋の間で上げてました。
 駅から、私の実家までは最も混雑したゾーンだったのです。
「急がねば、花火が終わってしまう。」
 あえて、花火のほうは見ないで家へ急ぎます。
 あっという間に汗だくです。
 ドロドロになって家に着くと、彼女は浴衣を着て待ってました。
 私も用意しててもらった浴衣に着替えて、
「よーし、行こう。」と一緒に花火を見に出かけました。
 あー、オレも若かったなー。
 翌日、またスーツに着替えて(ちょっと汗でよれよれだったけど)
2日目の試験を受けに、朝早く、東京に向かいました。
 そして2ヵ月後、めでたくヤジさんとそろって認定専門医になることができました。
 ~実はその3に続く

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