ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.06.06

影響を受けたレコード(国内編)⑪「STOP JAP/ザ・スターリン」

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さて、前回予告(?)の通り、ザ・スターリンです。

ザ・スターリンは1981年12月にインディーズから

デビューアルバム「Trash」を発売しているが、

2000枚の限定生産で、

放送禁止用語連発のため放送や再発はなく、

その音を聴くことはありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ザ・スターリンの名前は

メディアを通じて多く耳にしました。

だが、その内容は、音楽記事ではなく

「過激なパンク・バンド」

「変態的パフォーマンス」

「荒れるステージ」

「熱狂のあまり暴徒となる観客」

「会場が破壊されるためコンサート会場はどこも出入り禁止」

といった、三面芸能記事的なものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「噂のスターリン」を初めて耳にしたのが、

1982年7月1日、徳間音工から発売された「STOP JAP」。

スターリンのメジャーデビュー盤です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザ・スターリンに関してのワタシの印象は

「いまさら、パンク?」

というものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1977年に誕生したパンク・ロックは、

その爆発的エネルギーで音楽業界の下克上を起こしただけでなく、

社会現象として芸術、ファッション、風俗の分野

などに影響を及ぼしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、そのビッグ・バンは猛烈なスピードで拡散し、

次々に新しいものに姿を変えていったので、

その根源的なパンクロックのスタイルは、

すでに、むしろ時代遅れ、ダサいもの、

になっていったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、パンクロックの一つの重要なファクターに

テクニックの否定、があったのですが、

当初は

「テクニック<スピリット、アティチュード」

という式だったのが、そのうち

「テクニック<センス」

という数式にすり替わっていったことが原因です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、パンクの根源的なエネルギー、

欲求不満のはけ口、社会に対する不満の受け皿、

というニーズは、テクノポップや、アヴァンギャルドでは受け止められず、

スターリンの様なバンドを求めていた層が存在し続けていた、

ということでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザ・スターリンのアルバムを聴いた印象は、

セックス・ピストルズの「Never Mind the Bollocks」

を聴いた印象に大変近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、音作りの上手さです。

インディーズのパンクバンドがレコード盤で再現できなかった、

ヘビィでクリヤーな音が記録されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠藤ミチロウは、セックス・ピストルズのアルバムを研究し、

クリス・トーマスが行った、ギターを何重にも重ねて、

音の厚みを出す手法を使ったそうです。

ある意味「後出しじゃんけん」な故に、

本アルバムは高い完成度を持っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、歌詞。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福島随一の進学校から

国立山形大学の人文学部を出た遠藤ミチロウは

おそらく文学少年であったと思います。

少なくとも文学の才能は豊かで、この点でも

前回の「INU」の町田町蔵と共通点があり、

実際、二人は個人的にも交流が深かったといいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠藤ミチロウの文学性は、

ザ・スターリン解散後のソロプロジェクトでも

確認することができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アコースティックギター1本での弾きかたりスタイルになった

遠藤ミチロウの曲は、非常に内省的で、暗い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実はここに彼の本質があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、パンクロックという「時代の器」があったために、

彼の音楽表現があのような形になった、

と言うことができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、この間書いた遠藤賢司が、1960年代に

「フォークソング」という「時代の器」を使って

自己表現をしたことと同じです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一見、破天荒でめちゃくちゃな変態バンドに見えるザ・スターリンは、

実は、冷静な計算による演出と

確かな演奏、録音技術に裏打ちされた

プロフェッショナルなパンク・バンドでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、パフォーマーは冷静でもオーディエンスは過激。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシは大学時代に「ザ・スターリン」の前座をしたことがありますが、

いやもう、怖かったのなんの。

その模様は以下のブログに書いています。

アメリカばかりがなぜ赤い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1983年4月にザ・スターリンは3枚目(メジャー2枚目)

のスタジオアルバム「虫」を発表します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠藤ミチロウの言語感覚はますます研ぎ澄まされ、

このアルバムでザ・スターリンはバンドとしての頂点を極めます。

それは、また、パンクロックというジャンルに限れば、

日本のパンクロックの一つの完成形といっていいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあと、ザ・スターリンはメンバーが流動的になり

パンクからの脱却を試みた「Fish Inn」を1984年末に発売したのち、

1985年1月15日に解散します。

遠藤ミチロウによると「Fish Inn」は

「ザ・スターリンをいかに殺すか」

が、テーマだったといい、

「パンクロックという器」が、

もはや彼の本意ではなかったことを示しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その2か月後、

ワタシは大学を卒業し、

4月に医師国家試験をうけ、無事、合格。

バンドも解散し、研修医として新たなスタートを切ったのでした。

 

 

 

 

 

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