ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.05.17

影響を受けたレコード⑨「スティル・ライフ/ザ・ローリング・ストーンズ」


影響を受けたレコードシリーズも残すところあと2枚。

フォローしていただいている皆様の多くは、

なぜ、あのアーチストが登場しないのか、

と思われている方々も多いかと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして9枚目にして、ついに登場。

「スティル・ライフ/ザ・ローリング・ストーンズ」1982年6月発売。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はワタシははじめからローリング・ストーンズの

大ファンというわけではありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの「ロック元年」は1972年、多分夏過ぎ。

ストーンズは「ベガーズ・バンケット」1968年5月

「レット・イット・ブリード」1969年12月

「スティッキー・フィンガーズ」1971年3月

「メインストリートのならず者」1972年5月

という「黄金期の4部作」

(あるいは、エグザイルを外して3部作ということもあり)

を発表したあとで、ちょうど低迷期(?)に入ったところでした。

今回の10枚はリアルタイム縛りなので、ここからは選択できません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシのストーンズとのリアルタイムな遭遇は

「山羊の頭のスープ」1973年8月

になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先行シングル「悲しみのアンジー」は、

ラジオのコマーシャルで繰り返し紹介され

「あのミック・ジャガーがあなたの耳にささやきます」

というナレーションだったと記憶しています。

当時は洋楽シングルのラジオコマーシャルがけっこうあったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジー」は今でこそ、

ストーンズのバラードの名曲としてワタシも大好きで

「C5-dips」でも演奏しますが、

当時、激しいロックに飢えていたワタシは、

ザ・ローリング・ストーンズは名前くらいは知ってるだけ

というレベルだったので

え、バラードなの?

という印象でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルバム「山羊の頭のスープ」は

当時流行した「オカルトブーム」とイメージが重なります。

また、そんなプロモーションがあったと思います。

1973年は「ノストラダムスの大予言」がベストセラーになり、

アメリカで「エクソシスト」が公開になり大きな話題になった年です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ストーンズは翌1974年

「イッツ・オンリー・ロックンロール」を発売します。

その後、調べてみると1975年2月16日に、

ワタシはテレビで初めて「動くローリング・ストーンズ」を見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NHKで放送された「ヤング・ミュージック・ショー」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

YouTubeはもちろん、家庭用ビデオもない時代、

音楽はラジオやレコードから聴くことができても

映像に触れる機会はほとんどありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロモーションビデオを放送するいわゆるMTVが普及したのは

1980年代後半からですから、それまではテレビも

「ポップス・イン・ピクチャー」などの特殊な番組で

断片的なビデオクリップが流される程度でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、ヤングミュージックショーは、

海外アーティストの動く映像を1時間程度流してくれる

貴重な番組でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1974年に放送された

エマーソン・レイク・アンド・パーマーのライブは衝撃的で、

ELP,スゲエ、とロック少年の心を熱くしたのですが、

1975年3月にザ・ローリング・ストーンズの番組が放送されています。

アルバム「It’s Only Rock’n Roll」の番組で、

全体がプロモーションビデオ的な作りで、

ミック・ジャガーをはじめ全員が水兵さんのセーラー服で演奏します。

これが、どうもカッコよくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、当時、グラム・ロックからの流れで

とくにイギリスのミュージシャンは、

女性のようにアイシャドー、口紅で化粧して

パフォーマンスをすることが流行していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシは、これがダメでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり、男子たるもの、

オトコらしく、男くさい方がカッコイイ、

と思ってましたから、

男の化粧は、まったく受け入れられませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水兵さんの帽子をかぶって、

真っ赤なルージュにセーラー服のミック・ジャガーには、

まったく共感できなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、なんだかんだでストーンズは常に聴いていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メタモーフォシス」1974年6月

「メイド・イン・ザ・シェイド」1975年6月

も、発売とともにチェックしていましたが、

これらはベスト盤あるいは、別テイク、未発表曲などを集めた企画アルバムで、

このころストーンズは

ミック・テイラー脱退により

いわゆるグレイト・ギタリスト・ハンティングを行っており、

潜伏期間になっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ロン・ウッドが新ギタリストとして加入、

とのニュースが、報じられたとき、

アタマの中で瞬間的に絵面を浮かべ、

なんて、ベストな人選だ、これ以外ないじゃんと思ったものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、1975年、ロン・ウッド加入後の全米ツアーは

(このとき、まだロンはサポートメンバー)

ニューヨークのブロードウエイにトレーラートラックを乗り入れて、

そこをステージに見立てたゲリラライブで始まった。

当時、雑誌に掲載されたその写真を見て、

うわー、カッコイイ、と思いました。

今でこそ、ドラキュラロックフェスをはじめ、

大型トラックをステージ代わりに使うことは珍しくないが、

その元祖はストーンズだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ロンの正式加入後、発売されたのが

「ブラック・アンド・ブルー」1976年。

つづいて「女たち」1978年、「エモーショナル・レスキュー」1980年、

と、作品を発表するが、

1977年からのパンク・ムーブメントで、

ストーンズは「金持ちの年寄りのバンド」

という立ち位置にたたされた。

キースのヘロインづけもあり、

ミックとキースの関係は悪化していました。

ストーンズはもうおしまい、という風潮もありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、1981年にバンドは再結集し、

傑作「刺青の男」をモノにします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それをひっさげた全米ツアーのライブ盤が、

今回の「スティル・ライフ」です。

また、今回もここまで長かった・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、ここにもう一言、重要な話が必要。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この1981年の全米ツアーの模様が

ハル・アシュビー監督によって映画化され、

「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥギャザー」として

1983年に公開されたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはアリゾナ州テンピのサン・デヴィッド・スタジアムと

ニュージャージー州メドゥランズの

ブレンダン・バーン・アリーナでのコンサートを

ドキュメンタリー風にまとめたものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、ワタシは映画館のスクリーンで

初めてストーンズのライブを体験したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶっ飛んだ。(@_@)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクリーンにくぎ付けです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメフト風のスタイルのミック・ジャガーは

ステージを縦横に駆けまくり、観客を煽ります。

 

けだるそうにギターを弾くキースのまわりで、

楽しそうに動き回るロン・ウッド。

 

チャーリー・ワッツのリズムは的確で、

ビル・ワイマンは、動かない(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロックンロールって、これなんだ、

すげー、カッコいいぜ、「動く」ストーンズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚いたのは出る曲出る曲、みんな知っていること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープニングS.E.の「A列車で行こう」から

「アンダー・マイ・サム」が始まるところのカッコよさといったら・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって「アンダー・マイ・サム」は

1966年の「アフターマス」に入ってる曲。

つづく「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥギャザー」は

1967年の曲、でも全然、古くない、

「今の曲」になっている。

1966年といえばザ・ビートルズの「イエスタディ」と一緒です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニューアルバムからの「スタート・ミー・アップ」や

「ネイバーズ」「リトルT&A」と、

何の違和感もなくつながっている。

そして、黄金期の「ホンキートンク・ウイメン」

「ブラウン・シュガー」も、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要するにワタシが中学生以来、

ストーンズがフェイバリット・バンドだったことは無いけど、

ロックを聴き続ける過程で、常にストーンズがあった、ということ。

追体験した60年代から73年までのストーンズを含めて、

常にともに「転がり続けてきた」ということがわかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校2年の秋、父を突然亡くしたとき、

FM東京で「アフターマス以降のストーンズ」という特集番組をやっていました。

何週かに分けて、アルバム「アフターマス」以降の

ザ・ローリング・ストーンズのレコードを全曲放送する、という企画番組で、

それをすべてエア・チェックしていたのでした。

階下で親戚や、近所の人がお通夜のあと

通夜振舞いで飲み食いしてるとき、

一人自室でストーンズを聴いていたことをよく覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時々聴いていたそのカセットで、

ストーンズの曲はみな、おなじみになっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1966年も、そして1981年も、ストーンズは

ずっとそれらの曲を演奏してきた。

このときザ・ローリング・ストーンズが

世界最高のロックンロールバンドである、

といわれることが理解できたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、まさに「Rolling Stone Gathers No Moss」、

転がり続けることによって、常にロックンロールし続ける

彼らの姿がありました。

「It’s Only Rock’n Roll,But I Like It.」

のメッセージがすとんと腑に落ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このとき、新加入のロン・ウッドは34歳の、まだ見習い小僧だが、

ミック・ジャガー、キース・リチャードは38歳、

チャーリー・ワッツは40歳、

ビル・ワイマンは45歳になっていた。

今で言う「アラフォー世代」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロックは、若者の音楽、

Don’t Trust Over 30といわれた時代、

今でこそ、30代、40代のロックミュージシャンはざらだが、

当時はアラフォーのロックンロールバンドなんて

考えられませんでした。

そして、彼らは70歳を超えた今も「転がり続けて」いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザ・ローリング・ストーンズは1973年に日本公演を行う予定で、

日本武道館のチケットは完売していたが、

麻薬による逮捕歴のせいで、それがキャンセルになった経緯があります。

ワタシのロック文明開化以前、の話です。

そのことを知っていたので、ストーンズのステージは一生見られないだろう、

と、画面の隅々まで食い入るように見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、コンサートのラストはジミ・ヘンドリックスの

「星条旗よ永遠なれ」が流れ、花火が上がります。

レコード「スティルライフ」にもそこまで入ってます。

家庭用ビデオをまだ持ってなかったころ、

このレコードを聴くことによって、

自分の部屋で動いているストーンズを

思い浮かべることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タイトルは「Still Life(静物画)」ですが、

それは、まさに「Motion Picture」を切り取った

「静物画」ということなのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、1980年にポール・マッカートニーが

大麻で逮捕され、日本公演がキャンセルされたこともあり

ストーンズのコンサートなど夢のまた夢、

と思っていましたが、

1990年、まさかの来日公演が実現し、

結婚前の妻とともに、東京ドームで、

あこがれの生ストーンズを見ることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、このアルバムを影響を受けたレコードにあげるのは

映画「レッツ・スぺンド・ザ・ナイト・トゥギャザー」ありきです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2020年のいま、コロナ禍の中、

またストーンズは新作を発表しました。

 止ることなく転がり続ける彼らに出会い、

大ファンになったワタシは大変幸せです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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