ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.05.10

影響を受けたレコード②「紫の炎/ディープ・パープル」


影響を受けたレコード2枚目はコレです。

1974年2月発売、当時は日本語タイトル「紫の炎」で知りました。

ワタシが中学2年生の3学期ということになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのころワタシは「フォーク少年」で、

その前年11月の学園祭ではクラスメイトと

フォークグループを組んで、

井上陽水やかぐや姫の曲を、はじめて人前で演奏しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、当時の音楽ソースといえば、

もっぱらラジオ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、ラジオでかかるのは洋楽でもいわゆるヒットポップスが中心で、

1,973年から74年にかけては

「イエスタディ・ワンス・モア/カーペンターズ」や

「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード/エルトン・ジョン」あたりは

よく耳にしました。

同時期のヒット曲「恋のウォータールー」は

まだビヨルン&ベニー名義で、のちにABBAを名のります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、日々に、ラジオでこのアルバムのタイトル曲

「紫の炎」を聴いたときの衝撃は忘れられません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たしか、土曜日の午後のFMの番組。

普通3分前後のヒット曲が多い中で、

この6分を越える長尺の「紫の炎」がノーカットでオンエアされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うわー、なんだこれは。

強烈なイントロのリフ、迫力のボーカル。

そして畳みかける超絶のギターソロ。

リッチー・ブラックモアのギターは

ロック童貞の中学生を圧倒するテクニックでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いてはキーボードソロ。

おそらく一番乗っていたころのジョン・ロードのプレイは、

クラシックのテイストもあってそれまで聴いたことがない世界でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも、長い、長い。

まだ、続くのか?

気がつけば、自室で椅子から立ち上がり、

ノリノリでリズムをとっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてイアン・ペイスのロールを多用した

ドライブ感あふれるドラムに導かれて

怒涛のエンディングへ。

曲が終わった時の多幸感は、

なにかヤバいクスリを使ったあとのようでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たぶん、この瞬間、自らの指向がロックに定まったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディープ・パープルもレッド・ツェッペリンも名前は知っていたが、

実際にきちんと聴いたことはありませんでした。

レコード店に行くと、当時はジャンル別で「ロック」の棚は一番前にあり、

さまざまなアーチストのアルバムが並んでいましたが、

LPレコードはよほどのことがないと買えない高価なものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上に兄弟もなく、年上の友人もないので、

ラジオで聴く以外は洋楽を耳にする機会はなかったのですが、

こういった本格的なロック・ミュージックは

ヒットチャートには載らないので

なかなかオンエアされませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかもこのときワンコーラスかツーコラスでフェイドアウトせずに

フルコーラスかけてくれたこのラジオ局がスバラシイ。

多分土曜日午後はNHK-FMがリクエストアワーとかいう、

ローカル局の番組をやっていたので

NHK宇都宮かNHK前橋かのどちらかだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後ワタシはロック一筋にハマっていき、

雑誌や、ラジオ、そして友人を通じてあらゆる情報を集め

ロック浸りの学生時代を送ることになるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時のディープ・パープルが第3期にあたり、

イアン・ギラン、ロジャー・グローバーに代わって、

トラピーズのグレン・ヒューズと

元ブティック店員のデビッド・カバーデイルが

オーディションで選ばれた新メンバーであることを知ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後追いで第2期ディープ・パープルの傑作

「マシン・ヘッド」「ライブ・イン・ジャパン」などを聴き、

やっぱ、ディープ・パープルは第2期がベストだな、

イアン・ギランはスゴイな、

ということになるのですが、

影響を受けた、ということにおいては

この「紫の炎」を上げざるを得ません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、当時ワレワレロック小僧の間では、

評価がイマイチだった新参者のデビッド・カバーデイルくんが、

後々あれほどの大物になるとは・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とこかく、このアルバムを機に、

ロック小僧になったワタシは、

寝ても覚めてもロックのことばかり、

(いや、半分は女の子のことも)考えるようになり、

その1年後高校に進学し、

ロックな高校生になってゆくのでした。

 

 

 

 

 

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