ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2020.02.03

フェラーリ641/2


昨年末から作っていたとお話した「フェラーリ641/2」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年中の完成を目指していたのですが、

年末忙しくなかなか進まず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完成後全く見えなくなっちゃうので、

エンジンなどもまったく「素組み」なんですが、

なかなか手が付けられませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1/12は、デカいので作業台いっぱいになってしまう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正月休みの集中工事で半月遅れの1月半ばに完成しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このモデル、10年ぶりのタミヤ1/12ビッグスケールシリーズとして、

1991年発売。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時はギリギリ、タバコデカールがキットについていた時代でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは1990年のマシンの1年遅れのモデル化ですが、

前年の1989年、マクラーレン・ホンダのチームメイト同士だった、

アラン・プロストとアイルトン・セナの日本グランプリでのシケインの接触事故により、

アラン・プロストがチャンピオンを獲得。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アラン・プロストのマクラーレンからフェラーリへの移籍により、

チャンピオンナンバーのゼッケン1はこのフェラーリにつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このフェラーリ641/2は、前年F1を戦った、

天才ゴードン・マーレーが設計した画期的マシン、フェラーリ640の正常進化形であり、

フェラーリのF1の歴史の中でも1,2を争う傑作マシンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高いサイドポンツーンと、インダクションポッドは、

1989年からターボ禁止になったこのフェラーリのV12エンジンのためのもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1990年当時はまだホンダはV10だったが、

1991年のV12搭載のマクラーレン・ホンダMP4/6には、

多分にこのマシンのデザインの影響が垣間見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5戦から採用されたフロント翼端板の

ボーテックス・ジェネレーターという筒状の空力デバイスは、

このあと各マシンがこぞってコピーすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この年、フェラーリは16戦中、

アラン・プロスト5勝、ナイジェル・マンセル1勝と、計6勝を挙げ、

同じく6勝を挙げたアイルトン・セナとゲルハルト・ベルガーの

マクラーレン・ホンダと熾烈なチャンピオン争いを行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、チャンピオンシップはまたまた日本グランプリで、残念な展開で決まってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フロントロウにならんだプロストのフェラーリと、セナのマクラーレンは、

スタート直後の第1コーナーに砂塵とともに突っ込み、ともにリタイア。

ここまでのポイント差からチャンピオンは今度はアイルトン・セナの手にわたる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェラーリ史上、最も美しいマシンといわれたこの641/2は、

ついにフェラーリにチャンピオンをもたらすことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの1990年の日本グランプリは、

アントニオ猪木とモハメド・アリの格闘技世界一決定戦に匹敵する残念な展開であったが、

唯一の救いは2強がコケたことによって、

ネルソン・ピケ、ロベルト・モレノのベネトン1,2についで、

エスポラルース・ランボルギーニの鈴木亜久里が

日本人初の3位表彰台に上ったことでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1990年このマシンで6勝を挙げたフェラーリであったが、

このあと、翌1991年のフェラーリ642から、フェラーリは急速に戦闘力を失い、

次の優勝は1995年のジャン・アレジの駆る412T2まで

5年の時を待たねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このチャンピオンを取れなかった悲劇のフェラーリ・ナンバーワンマシンは

ニューヨーク近代美術館(MoMA)に常設展示されているそうです。

 

 

 

 

 

 

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