ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2017.07.19

あの時代に水を運んだ男

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引退試合というのは誰でもやってもらえるものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスターレッズといわれた福田正博氏については

引退試合を行うことが「当然」な流れだし、

山田暢久にもレッズにおける在籍、出場試合の多さ等で

開催された。

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば中村俊輔や小野伸二などキャリアの後半で他クラブに移籍した選手でも

サッカー選手としての経歴が偉大であれば、

井原正巳のようにクラブ合同という形で引退試合が企画されるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その点鈴木啓太はビミョーな線であったが、

レッズに対する貢献度もさることながら、

レッズの最も強かった時期にレギュラーとして

しかも、ボランチという「つなぎ役」で活躍したことが

今回の引退試合につながったであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今宵の「主役」は鈴木啓太ではあるが、

むしろ彼のためこそに集まった多くのプレイヤーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回集まったポンテ、ワシントン、マリッチ、ネネ、三都主

といったメンバーを見て、ああ、あの頃いい思いをした、

と、多くのレッズファンが遠い目をしたことであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンテ、ワシントンが決めた2006年12月のガンバとの最終戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

マリッチの大活躍でJリーグ設立後初めて手にした2006年元旦の天皇杯のタイトル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、あの頃は良かったなあ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともかく、そんなシアワセなムードの中で、実に楽しいゲームだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いじられまくる「大将」福田、そして

岡野、闘莉王あたりはチームを離れても本当にサポーターに愛されているし、

いまでもレッズサポ小野伸二に対するリスペクトを持ち続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なかでもマリッチの人気は絶大であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005年、突然チームを家出同然の形で離脱したエース、

エメルソンの代役として、チームに加入し、

第85回の天皇杯で5試合連続6得点の大活躍で優勝に大貢献。

その直後、契約満了で惜しまれながらチームを離れたので

在籍期間はわずか半年。

それでもその強烈な印象は、今でも忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、輝かしい時代にボランチという

地味だがチームにとって極めて重要なポジションをつとめていたのが鈴木啓太である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼に関してはオシム監督の「水を運ぶ人」という表現が有名であるが、

まさに今夜、彼が運んだ水を飲んだ選手が一堂に会した形であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の選手としてピッチでつないだ絆が、

また今宵、友情の絆として選手たちを集めたのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボランチという言葉は、たしか1994年のアメリカワールドカップ前後に生まれた言葉と記憶している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以前にはほぼ同じポジションを指す「リンクマン」という言葉があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このボランチ≒リンクマンの鈴木啓太が、

まさに「リンク」となって素晴らしい仲間たちをまた集めたのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サッカーというものが時代を重ねてまた楽しい、ということを感じた試合であった。

 

 

 

 

 

 

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