ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2018.09.11

フレンチブルーの憂鬱

マトラMS11を作るにあたって、少し調べてみた結果わかったこと。

 

 

 

 

 

 

そもそもこのマトラをよく知らなかったもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの第1次F1ブームは小学校低学年の1966年、昭和41年から2年ほど。

1964年、ホンダがF1に参戦したことがきっかけだったが、

レーシングカーブームで少年誌にはレース関係の記事が多かったせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時のF1チームは

ロータス、ブラバム、フェラーリ、クーパー、BRM、イーグル、

そしてホンダだった。

新興のチームを除けばほぼイギリスとイタリアのコンストラクターであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マトラ参戦は1967年、大活躍は1969年だから、

ワタシの興味はすでに他に移っていたころ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マトラはもともとフランスのミサイルメーカー。

ミラージュ戦闘機に積まれていたマトラR530、R550はやはりプラモデルで知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

F2で実績を積んだマトラですが、

F1参戦時はこの間書いたように実は2チームありました。

いわゆるワークスであるマトラ・スポールと、マトラ・インターナショナル。

マトラ・スポールは自社製の12気筒エンジン、

マトラ・インターナショナルはカスタマー仕様の超ベストセラーエンジン、

フォード・コスワース・DFVを載せた「マトラ・フォード」でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケン・ティレル率いるマトラ・インターナショナルはのちに独立、ティレルになります。

(当時日本では「タイレル」と発音してました。)

これは、経営難になったマトラ本社がクライスラー傘下の「シムカ」と合併し、

マトラ名義ではフォードのDFVエンジンが使えなくなったため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、今回の12気筒エンジンのマトラMS11はワークスということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもフランス人というのは自国愛の強い国民で、

このマトラもとことん自国製にこだわっており、ドライバーもフランス人。

ウイングにでかでかと名前と国旗が書いてあるマシンは他に見たことがないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この「ニワトリ」のマークもフランスの象徴。

サッカーフランス代表のエンブレムもニワトリです。

起源はフランス人の祖先がガリア人(フランス語ではゴロワ)と呼ばれていたことに由来します。

世界史で習ったシーザーの「ガリア戦記」のガリア、ですね。

ガリアも雄鶏もラテン語だと両方ともGallus。

そのためゴロワのニワトリというのがシンボルになったということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガリア」といえばフランスで有名なタバコブランド

「ゴロワーズ」の語源も「ガリア」みたいですねー。

パッケージは古代ガリア人が被っていた羽根のついたカブトだそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だいたいラジオで放送する曲は40%以上がフランス語であること、

なんてことが法律で決まってる国ですからねー。

ワタシの唯一の海外旅行は新婚旅行のヨーロッパですが、

イタリアでもスイスでも片言の英語でナントカ通じるのに、

フランスだけは

(たぶんむこうは分かっているのに)

英語では返答してくれないことが多かった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「マトラ」の参戦も、

1964年の日本のホンダ、

1966年のアメリカのイーグル等のコンストラクター参加に刺激され、

モータースポーツ先進国を自負するフランスが、

是非ともナショナル・カラーのフレンチ・ブルーをまとったマシンを走らせたいと、

当時のドゴール大統領の肝いりで進められた国家プロジェクト的な形であったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このマトラ、いったんF1撤退後、

1976年にエンジン・コンストラクターとしてF1に復帰しますが、

その供給先が「リジェ」だったのです。

またまたこれも「フレンチ・ブルー」のマシンで「フランス愛」満載です。

スポンサーはフランスのもう一つの有名なタバコ「ジタン」。

オーナーのギ・リジェは時のミッテラン大統領と懇意であり、

またまた政権と結びついたナショナルチームの様相です。

リジェのプラモデルも作りました。フランス、エレール社製1/12。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、この「リジェ」もマトラ撤退後、

またぞろフォード・コスワースDFVを積んでから成績アップするという・・・・。

なので、このモデルはフォードエンジンを積んだリジェJS11フォード。

個人的にはF1で5本の指に入るカッコ悪いマシンです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、このマシンは2年間に5勝をあげ、これはリジェの通算勝利数9の半分以上にあたる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タバコメーカーの「GITANES」のデカールは当然はいっていなかったので、

パソコンで自作しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと、フランスには中国の「中華思想」に似た、

ヨーロッパの中心はフランス、みたいな発想が根強くあるわけです。

だが、戦争ではドイツに歯が立たなかったし、

F1ではイギリス、イタリア勢にほぼやられっぱなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランスでF1といえば、最も成功しているのはルノーであり、

フルコンストラクターとして通算35勝、

エンジンコンストラクターとしては、

フェラーリの225勝、フォード・コスワースの176勝に続く

歴代3位の168勝というのは素晴らしい。

(ホンダは72勝で5位だが、4位にメルセデスが160勝とルノーに迫っている。)

なにしろ当初はルノーと言えばターボ、ターボと言えばルノー的な

ターボ時代の申し子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルノーは他のフランスメーカーと違ってフレンチブルーではなく、

ムカシから一貫してメーカーカラーのイエローを基調としたマシンが多いのも

興味深いですね。

(ベネトンの時のブルーはスポンサーのマイルドセブンの青です。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルノーはその後、エンジンサプライヤーとしてF1で大活躍。

なんといってもこのマシン。

アクティブサスペンションとルノーV10で

ホンダから王座を奪い取ったウイリアムズFW14B。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆るのはサーキットの荒法師(ナツカシー)ナイジェル・マンセル。

1992年に全16戦中9勝を挙げ、ドライバーズチャンピオンをとるとともに

チームメイトのパトレーゼの1勝と合わせて年間10勝で

コンストラクターチャンピオンをチームにもたらした。

ポールポジションに関してはカナダGP以外の15戦で

すべてこのクルマが最速であった。

だが、むろんこのクルマにもフレンチブルーの面影はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、フレンチブルーのマシンはF1に関しては、

どうも「強者のイメージ」からはほど遠い印象です。

その後、1996年の雨のモナコでオリビエ・パニスが

リジェに最後の勝利をもたらしたマシンはフレンチ・ブルー。

このときのエンジンサプライヤーは無限ホンダで、

この1勝は無限ホンダにとってもオリビエ・パニスにとっても

唯一のグランプリ勝利となった。

ワタシなどは日本製エンジンの勝利を喜んだが、

フランスタバコ「ゴロワーズ」スポンサーの

フランス人ドライバーによってフレンチブルーのマシンが勝ち得た勝利は

愛国心の強いフランス人にとってはなかなかに歴史的なものでした。

これが日本製エンジンでなくルノーエンジンだったら完璧だったのか。

ただし、ここに登場したフランスのマシン、

シャシーのみ、エンジンのみを含めて

ガソリン/オイルスポンサーはすべて「elf」、

フランスの石油メーカーであることはまた興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、弱っちいフレンチブルーのマシンですが、

ただ、個人的には「ナショナルカラー」のマシンは大好きなので、今後も期待。

ホントは日本のナショナルカラーであるグランプリホワイトの

ホンダのマシンに走ってほしいのだが、

トロロッソ~レッドブルはスポンサーカラーからまず、期待できませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 F1はまさにヨーロッパの文化なので、

これを調べるといろいろなヨーロッパの歴史、文化がわかるので

実にオモシロイです。

 

 


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2018.09.02

マトラMS11、完成しました。

 夏休みの宿題、ギリギリで完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1/12マトラMS11、ほぼ1968年イタリアGP仕様?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 製作開始から半月ちょっと、お盆休みの6連休があったとはいえ異例のスピード。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以下、製作過程のエピソードなど。

まずは仮組み。

見ての通りこのシャシーはエンジンマウント方式で、

ロータス49以降のエンジンがボディ後半のストレスメンバーとなるトレンドからは、

若干後退し、古臭い印象。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古(いにしえ)のキットなので、モーターライズの名残り、電池ボックスの遺残がある。

発売は1969年だが、このキットは1998年のスポット再発売の時に買い求めたもの。

もちろん、モーターライズは廃止されています。

そもそも、この複雑で重たいキット、

実際にモーターで走らせることができたヒトって、

当時いったい何人くらいいたんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、まずはどのグランプリ仕様にするか、という問題。

だが、ワタシはガチガチの考証派ではないので、見た目がカッコイイならいい、

ということで、この箱絵みたいにしよう、と。

フロントウイングとミッドウイングはどうしてもつけたいので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなんで、タミヤの説明書を読んだり、

ネットで記事を検索したり・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このインストラクションではゼッケン6でフランス人ドライバー、J-P ベルトワーズ。

しかし、箱絵はかの有名なジャッキー・スチュワート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく調べたところ、マトラは2チームあって、

純フランス主義の「マトラ・スポール」と

多国籍軍の「マトラ・インターナショナル」があったと。

で、よく見ると、

明らかに箱絵のマシンのお手本になったこのタミヤの説明書の写真は、

「マトラ・インターナショナル」の「マトラ・フォード」であって、

マトラV12エンジンを積んだマシンではないじゃないかー。

ノーズに「Ford」のステッカー、

だからこのエンジンはフォードV8でこの模型とは違うのだ。

世界のタミヤもこの頃はまだいい加減、まあ、おおらかな時代だったというべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、手元の資料を紐解く。

この「F1全史」全12巻はワタシの模型作りの座右の書である。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それによると、ベルトワーズがゼッケン6をつけて出走したグランプリは3戦しかない。

フロントウイングやミッドウイングのない仕様もあるんで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、このイタリアGP仕様、ステッカー関係は多少違うが説明書のカッコイイ方で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーズに白丸入れて、あとはフィニッシャーズのフォーミュラフレンチブルー。

いい色です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、ここで問題発生。

マトラMS11のフロントウイングはどの資料を見てもシルバーで

ボディ同色のフレンチ・ブルーはない。

要するにタミヤのこのインストラクションは間違い、ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、これも時代のなせるあいまいさ。

ということで、泣く泣くマスキングして塗り直し。

メンドクセー。

ネットでも間違ってブルーのままのウイングの作例多し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マトラV12は新鮮な印象。

1960年代後半からターボ登場前の1986年までの約20年間、

F1のエンジンといえば、フェラーリ以外はほぼフォード・コスワースのワンメイク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーズラジエーターの葉巻型のF1、マイファーストF1はこの形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2枚あるウインドシールドはナゼかヘンな段差あり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スペーサーをかまして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツライチにします。

どっから塗っていいかわからないので、クリアーのまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にもいろいろ細かい修正加え、

ただ基本は大雑把に、完成しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりアップには耐えられない大雑把な作品ですが、

ともかく「完成」「在庫減らし」が大事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時代の「羽根の生えた葉巻型」がワタシの最も好きなF1です。

 

 

 

 

 


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2018.08.25

ルマン:ロンド―とポルシェ

今年のルマンはワークスがトヨタのみとなったため

トヨタがどうにか優勝できましたが、

今までにもルマンはワークス参戦の状況で大きくその様相を変えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中で極めて特徴的なのが1980年のレース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1980年はワークスポルシェが次期マシン開発のため本格的な参加を取りやめ、

事実上ワークス不在のルマンとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この年、地元ルマンの生まれのクルマキチガイ、

もといカーマニアのジャン・ロンド―氏は、

自らデザインしたマシンに、自分の名前を付け、しかも自分で運転して優勝してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時に優勝したのがこのクルマ、ロンド―M379。

超カッコ悪い。(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌年ワークスポルシェは938-81を持ち込み、

ジャッキー・イクス、デレック・ベル組のマシンは2位に14周の大差をつけて優勝しました。

ちなみに、この時の2位は前年チャンピオンのロンド―。

このルマンはルマン・キングと呼ばれたジャッキー・イクスの5勝目であり、翌年彼は6勝目を挙げる。

そしてこれはルマンのポルシェ7連覇の皮切りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このポルシェ936はタミヤから936-78がモデル化されていますが、

この年はルノーの後塵を拝し、ポルシェは2位。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、ほぼシェイプの同じ936-81ルマン優勝車を、

別売デカールで仕上げました。

むろん、黒ヘルはジャッキー・イクス氏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おなじみのマルティニカラーと違うこの「Jules」は、

フランスのあのクリスチャン・ディオールの香水らしい。

このデカールはもう10年以上昔、恵比寿にあった

カーモデル中心の模型屋さん、Mr.クラフトで購入したもの。

当時はよくここでモケイ買っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルティニ・ストライプもあまり好きではないけど、

この全体に書きこまれた「Jules」のデザインも、あまりカッコいいとは言えないなあ。

なんか「耳なし芳一」みたいで・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この翌年のルマンから主役はいわゆるCカーに代わり、

あの名車中の名車ポルシェ956~962Cの黄金時代になるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.06.21

トヨタ、ようやくルマン初優勝、ですが・・・・

今年のルマン24時間レース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見事、トヨタTS020が優勝。

トヨタのホームページから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも1-2フィニッシュ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも優勝した8号車には中嶋一貴、2位の7号車には小林可夢偉と、

2人の日本人ドライバーが表彰台に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、何故かムナシイ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、今年のルマン、総合優勝を狙えるLMP1クラスは、

トヨタ以外はすべてプライベータ―であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと「草レース」であるルマンは、メーカーが運営する「ワークス」チームのほかに、

数多くの「プライベータ―」が参加する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総合優勝を狙うのは基本「ワークス」チームであり、

過去の歴史をみても

「フォード対フェラーリ」「ポルシェ対ランチア」「メルセデス対ジャガー」等々

ワークス対決がレースの盛り上がりを演出している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨年のアウディ撤退に続いて今回はポルシェが撤退したため、

最強クラスのワークスマシンはトヨタの2台のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えれば、市民マラソンに海外の金メダルランナーが出るようなもので、

まあ、勝って当然といえば、当然。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、いままでも当然に限りなく使いレースを幾度となく落としてきたので、

この優勝は、まあ、ほっと一安心の優勝であったかも。

とくにチームスタッフ的には。

参考記事「TOYOTAの悲劇」「あの悔しさはすべて伏線だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝日新聞は一面に記事ありでしたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たしかに「圧勝」なんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いままでが「悪夢」すぎたので、

これで「呪い(?)」が払拭できればいいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はTOYOTAレーシングがインターネットで2台のオンボードカメラを生中継。

ずっと同じ画面で、見てて全く面白くないのですが、

いつクルマが止まるかわからないので「生存確認」のため時々開いて見ていました。

ナースステーションの心電図モニターみたいなものですか。(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けっきょく最初から1位、2位を独占し一度も明け渡すことなくそのままゴールしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 24時間、壊れなくてよかったですが、

意地悪な見方をすれば

他チームと差がありすぎるため、コンピティションしないので、

レースで攻めなければクルマには無理がかからないため、

故障の可能性もぐっと少なくなったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、来年はエントリーするんでしょうか。(^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2件のコメント
2018.05.24

ウイスキーの話

原酒不足でサントリーの白洲12年、響17年が出荷停止。

 

 

 

 

 

 

 

ジャパニーズウイスキーの価格が高騰してるそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネットでは定価の数倍で取引され、

白洲で4~8万、響にいたっては平均価格が10万超。(゚Д゚;)

買ったことないので定価知りませんが・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝のニュースでは高級ジャパニーズウイスキーが投資の対象となり、

中国人バイヤーが買い漁り、

オークションでは1本3250万円で落札されたウイスキーもあるらしい。(@_@)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飲むのか、それ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシ自身ウイスキーは愛飲しますが、

銘柄は学生時代からほぼ基本はほぼサントリーホワイトです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前も書いたことがあるかと思いますが、

サントリーウイスキーは価格によるヒエラルキーがあって、

ワタシがウイスキーを飲むようになった大学生のころ、1980年ころは

下から、トリス<レッド<ホワイト<角瓶<オールド<リザーブ<ローヤル

の順であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この辺、かつてのトヨタ自動車の年齢別、収入別ヒエラルキーに似ていて

同じ1980年当時は

スターレット<カローラ<カリーナ/セリカ<コロナ<マークⅡ<クラウン

という鉄板のラインナップがあった。

このころのトヨタのCMにある

「いつかはクラウン。」

という有名なコピーがこの会社の体質をよく表している。

当時カローラレビンが欲しくてトヨタディーラーを訪れたワタシに

学生はスターレットにのってろ、的な対応をした

トヨタディーラーの態度が不快であった。

(それ以後、ワタシはアンチ・トヨタである。)

ちなみにその時買ったのはホンダのCR-X(初代)でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、学生時代はホワイトを愛飲しており、

サラリーマンが飲むサントリー・オールドは憧れであった。

安いトリス、レッドも試したが、

舌の先でピリピリする感じがなじめずホワイトに落ち着いた。

家庭教師のバイト先で年末にお歳暮がわりに

サントリーオールドのお年賀ラベルのボトルもらったときは、

ありがたくて大事に飲んでたなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その後、医者になり

接待など受けてリザーブや、ローヤルやら、はたまた山崎やらを飲むことはあったが、

ハッキリ言ってウマさの違いがそこまで分からない。

いつも、1次会でビール、日本酒をさんざん飲んでから

2次会のスナックで飲むせいかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、一貫して、家呑みウイスキーはほぼホワイト。

学生時代は4リットルだかの取っ手付きのでっかいビンで買っていたが

最近は酒量も減って通常ボトルです。

一時角瓶でしたが、最近はまたホワイトですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よって、シングルモルトがどうのということに

知識もテイスティング能力もほぼ皆無なワタシにとっては、

ウイスキーの品薄、価格の高騰は全く関係なく、

1000円ちょっとで買えるホワイト派で良かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにいつもほぼ水割り、時にロックで飲みますが、

流行りのハイボールは全く飲まない派です。

 

 

 

 

 


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2018.04.10

バーレーンGP、ホンダ4位おめでとう。

 オーストラリアGPをみて、やっぱり今期もホンダはダメかー、と思ったら、

土曜日の予選を日曜日にDAZNで見てたら、ナント予選6位。

ハミルトンのギアボックス交換による5グリッド降格で、5位スタートですと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、ガゼン期待できる、と本戦をDAZNで。

少しは見ないと損だしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースはフェラーリ、ベッテルがメルセデス、ボッタスの追い上げを、

最終ラップギリギリまでブロックし、2連勝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルセデス、圧倒的有利といわれた今シーズンで機先を制し、

今後の展開も楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせ、ハミルトンがこのまま済むはずはないので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、やはり、トロロッソホンダの4位入賞は快挙だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガスリー車だけに新しいパッケージが用意されたらしいが、

ライバルを上回るパフォーマンスで中団グループから頭一つ抜けた感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トロロッソの4位は、ミナルディ時代からの1985年から現在まででおそらく最高位タイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホンダの復帰後最高位となるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年は、10数年ぶりに鈴鹿行こうかな。

 

 

 

 


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2018.03.31

F1 2018シーズン開幕

さてF1はじまりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開幕のオーストラリアGP、メルボルンではフェラーリ、ベッテルが逆転優勝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盤石だったはずのメルセデス、ハミルトンはショックを隠しきれない様子でしたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ホンダからルノーに乗せ換えたマクラーレンはいきなり2ランク早くなり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トロロッソにエンジンサプライしたホンダは、テストでは期待されたもののまだ芽は出ず、

この辺、残念。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、トロロッソって元ミナルディですから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今シーズン最も目を引くのはこのコックピットの上の構造物。

ドライバーを守る「ハロ」というデバイス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たしかに安全性の面では必要そうだし、

これがあればアイルトン・セナは死なずに済んだのかなあ、とは万人の思うところではありますが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

F1モデラー的には、何となくジャマっけ、もっと他のデザイン、プランはなかったのか。

かのニキ・ラウダ氏も大反対してたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウダ氏はF1のDNAを破壊するとまでいったらしいが、たしかにカッコ悪い。

そして乗り降りにも難儀するこの障害物、

事故で炎の中から辛くも救出されたラウダ氏にとっては、

あの事故のトラウマがよぎるのか。

これあったら、焼け死んでいたかも。

最近のF1は燃えないというが・・・。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果たしてそのうち目が慣れるのか、

はたまた来年からはデザインが一新されるのか・・・。

 

 


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2018.02.18

モンテカルロでもう一杯

 

モンテカルロ、トヨタの件でもうひとつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モンテカルロラリーをはじめて日本車が制したのは、

1991年、カルロス・サインツのこのマシン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、このクルマのベースはあのモデルです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凍ってるね。」(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何回見たでしょう。

1987年公開。

我々世代には青春のバイブル的映画。

「わたしをスキーに連れてって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所詮四駆の敵じゃないよね。」

このセリフも忘れられませんねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この映画の真似してしばらくルームミラーからストップウオッチぶらさげてたなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、シマッタ。(゚Д゚;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マタマタ、ついうっかりこんなモノをポチってしまった。(汗)

 

 

 

 

 再来年のモンテカルロラリーまでには・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.02.17

モンテカルロで乾杯おかわり

 

今年のモンテカルロラリーはフォードが連勝、トヨタが2位に躍進したようだが、

どうも最近のラリーカーはコンパクトカーがベースなので、

はっきり言ってみんな同じに見えて、

実力はスゴイのかもしれないが、見た目がグッと来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ムカシはいろいろ名車があって個性的な車も多かった。

ランチア・ストラトスなんてスゴイデザインだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、ランチアといえばデルタが好きだなあ。

壊れないランチア・デルタがあれば今でも乗りたい。

(イタリア車だけに相当故障は多かったらしい。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが数あるクルマの中でモンテカルロラリーといえば、ワタシ的にはコレ。

アルピーヌA110。

ライトウエイトスポーツ、好きなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実は以前、トヨタセリカにこのアルピーヌをあきらかに意識したモデルがあった。

1993年から発売されたモデルである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを見たとき、このクルマの購入をけっこうマジメに検討したが、

当時、子供がまだ小さくクーペではダメなので

プレリュードをパジェロに買い替えたばかりだったので、叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、このたび本家からアルピーヌA110が復刻されるという。

おおおお、これはホシイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、去年、ディスカバリーを新調したばかり、

今のところS2000を手放す気はないので、これもないかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんな思いでいたところ、思わずアマゾンでポチってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、これでガマン。

来年のモンテカルロまでには、完成させたいなあ。

 

 

 


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2018.02.16

モンテカルロで乾杯

 

 1月上旬の外来で、ある患者さんに上顎洞穿刺洗浄をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 副鼻腔炎で通院中であったが、なかなか薬で良くならないところに、

来週から海外に行く、というので、

じゃあ、ハリ刺して抜いちゃいましょう、ということになり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、洗浄終わって膿が出て、

「ところで、海外ってどこに行くんですか?」

と尋ねてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「モナコです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モナコ、ちょっと待て、1月末のモナコといえば・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まさか、モンテカルロですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おおおーーー、ナント。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時期のモナコといえば、モンテカルロラリー。

数あるラリーの中でも抜群の伝統と格式を誇る存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでも、東京大学とホンダテクニカルカレッジ関東が共同で参加する、

ヒストリックラリーに引率(?)かなんかで同行するらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「チュ、チュリニ峠も行くんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「行きます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウラヤマシー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュリニ峠とは言わずと知れたモンテカルロラリーの「見せ場」となるポイント。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供のころから一度は行ってみたいモータースポーツイベントが

「モナコGP」「ル・マン24時間」

そしてこの「モンテカルロラリー」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 患者さんが「参戦」するのは

世界ラリー選手権のラリー・モンテカルロに引き続いて開催される、

ラリー・モンテカルロ・ヒストリックの方らしいが、

本戦も見られるだろうし、

過去にモンテカルロラリーに参加したことのある車両を使っての

ヒストリックはひょっとしたらさらに面白そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うーん、これは「定年後行くリスト」に加えておこう。

 

 

 

 

 


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