ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2018.10.04

貿易赤字

 10月3日はワタシは人間ドック受診のため東京へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 喀痰は3日間、検便は2日間とるのだが昨日の朝、便をとるのを忘れ、

昨日夕方と、今朝にウンコ取って何とかセーフ。

 

 

「正しい大便のとり方」って、なんか堂々として男らしい表現だなあ。

 

これをみると「1日目と2日目の採便間隔はなるべく短くしてください。」

とあるので、まさに「正しい」とり方をしたといえる。<(`^´)>

 

しかし「容器の水を捨てたり飲んだり、水を足したりしないでください。」って、

飲むヤツるのか?(ーー;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日は、アルコール禁、当日は朝メシ抜きで水かお茶だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんなわけで採血やらCTやら第1日目の検査が終わり、

1時半に解放される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物がてら秋葉原で遅いランチ。

ナゼカ、健診のあとは決まって肉に惹かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッツリ行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これにも惹かれる。

鉄板メニューご注文の方は¥500⇒¥300とあったもんで、つい(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉じゃー。(≧◇≦)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なかなかのボリウム。(^O^)/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、こちらのお店に。

いや、メイドカフェじゃなくて、中古プラモデル屋さん。(^-^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 在庫を増やしちゃいけないとは知りつつ・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、いずれも格安ジャンク品。

エアフィックスの1/72は¥500。

金型は旧エレール製と思われます。

実はシュペル・エタンデールはワタシの好きなジェット機ベスト3に入る機体なので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これも古いエレール黒箱のF-104。

複座型の TF-104G、しかもベルギー/デンマーク空軍が作れるのはかなりレア。

ただし、デカールが生きてれば、だが。

でもお値段はなんと¥400。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてテスター/イタレリのRF-84Fサンダーフラッシュ。

これまた、破格の¥400。(^O^)/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、完成品よりも新規購入品の方が依然多く、

貿易赤字は依然拡大。

ここはトランプ大統領のような思い切った政策が必要なのかも・・・・(>_<)

 

 

 

 


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2018.09.11

フレンチブルーの憂鬱

マトラMS11を作るにあたって、少し調べてみた結果わかったこと。

 

 

 

 

 

 

そもそもこのマトラをよく知らなかったもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの第1次F1ブームは小学校低学年の1966年、昭和41年から2年ほど。

1964年、ホンダがF1に参戦したことがきっかけだったが、

レーシングカーブームで少年誌にはレース関係の記事が多かったせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時のF1チームは

ロータス、ブラバム、フェラーリ、クーパー、BRM、イーグル、

そしてホンダだった。

新興のチームを除けばほぼイギリスとイタリアのコンストラクターであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マトラ参戦は1967年、大活躍は1969年だから、

ワタシの興味はすでに他に移っていたころ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マトラはもともとフランスのミサイルメーカー。

ミラージュ戦闘機に積まれていたマトラR530、R550はやはりプラモデルで知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

F2で実績を積んだマトラですが、

F1参戦時はこの間書いたように実は2チームありました。

いわゆるワークスであるマトラ・スポールと、マトラ・インターナショナル。

マトラ・スポールは自社製の12気筒エンジン、

マトラ・インターナショナルはカスタマー仕様の超ベストセラーエンジン、

フォード・コスワース・DFVを載せた「マトラ・フォード」でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケン・ティレル率いるマトラ・インターナショナルはのちに独立、ティレルになります。

(当時日本では「タイレル」と発音してました。)

これは、経営難になったマトラ本社がクライスラー傘下の「シムカ」と合併し、

マトラ名義ではフォードのDFVエンジンが使えなくなったため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、今回の12気筒エンジンのマトラMS11はワークスということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもフランス人というのは自国愛の強い国民で、

このマトラもとことん自国製にこだわっており、ドライバーもフランス人。

ウイングにでかでかと名前と国旗が書いてあるマシンは他に見たことがないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この「ニワトリ」のマークもフランスの象徴。

サッカーフランス代表のエンブレムもニワトリです。

起源はフランス人の祖先がガリア人(フランス語ではゴロワ)と呼ばれていたことに由来します。

世界史で習ったシーザーの「ガリア戦記」のガリア、ですね。

ガリアも雄鶏もラテン語だと両方ともGallus。

そのためゴロワのニワトリというのがシンボルになったということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガリア」といえばフランスで有名なタバコブランド

「ゴロワーズ」の語源も「ガリア」みたいですねー。

パッケージは古代ガリア人が被っていた羽根のついたカブトだそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だいたいラジオで放送する曲は40%以上がフランス語であること、

なんてことが法律で決まってる国ですからねー。

ワタシの唯一の海外旅行は新婚旅行のヨーロッパですが、

イタリアでもスイスでも片言の英語でナントカ通じるのに、

フランスだけは

(たぶんむこうは分かっているのに)

英語では返答してくれないことが多かった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「マトラ」の参戦も、

1964年の日本のホンダ、

1966年のアメリカのイーグル等のコンストラクター参加に刺激され、

モータースポーツ先進国を自負するフランスが、

是非ともナショナル・カラーのフレンチ・ブルーをまとったマシンを走らせたいと、

当時のドゴール大統領の肝いりで進められた国家プロジェクト的な形であったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このマトラ、いったんF1撤退後、

1976年にエンジン・コンストラクターとしてF1に復帰しますが、

その供給先が「リジェ」だったのです。

またまたこれも「フレンチ・ブルー」のマシンで「フランス愛」満載です。

スポンサーはフランスのもう一つの有名なタバコ「ジタン」。

オーナーのギ・リジェは時のミッテラン大統領と懇意であり、

またまた政権と結びついたナショナルチームの様相です。

リジェのプラモデルも作りました。フランス、エレール社製1/12。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、この「リジェ」もマトラ撤退後、

またぞろフォード・コスワースDFVを積んでから成績アップするという・・・・。

なので、このモデルはフォードエンジンを積んだリジェJS11フォード。

個人的にはF1で5本の指に入るカッコ悪いマシンです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、このマシンは2年間に5勝をあげ、これはリジェの通算勝利数9の半分以上にあたる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タバコメーカーの「GITANES」のデカールは当然はいっていなかったので、

パソコンで自作しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと、フランスには中国の「中華思想」に似た、

ヨーロッパの中心はフランス、みたいな発想が根強くあるわけです。

だが、戦争ではドイツに歯が立たなかったし、

F1ではイギリス、イタリア勢にほぼやられっぱなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランスでF1といえば、最も成功しているのはルノーであり、

フルコンストラクターとして通算35勝、

エンジンコンストラクターとしては、

フェラーリの225勝、フォード・コスワースの176勝に続く

歴代3位の168勝というのは素晴らしい。

(ホンダは72勝で5位だが、4位にメルセデスが160勝とルノーに迫っている。)

なにしろ当初はルノーと言えばターボ、ターボと言えばルノー的な

ターボ時代の申し子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルノーは他のフランスメーカーと違ってフレンチブルーではなく、

ムカシから一貫してメーカーカラーのイエローを基調としたマシンが多いのも

興味深いですね。

(ベネトンの時のブルーはスポンサーのマイルドセブンの青です。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルノーはその後、エンジンサプライヤーとしてF1で大活躍。

なんといってもこのマシン。

アクティブサスペンションとルノーV10で

ホンダから王座を奪い取ったウイリアムズFW14B。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆るのはサーキットの荒法師(ナツカシー)ナイジェル・マンセル。

1992年に全16戦中9勝を挙げ、ドライバーズチャンピオンをとるとともに

チームメイトのパトレーゼの1勝と合わせて年間10勝で

コンストラクターチャンピオンをチームにもたらした。

ポールポジションに関してはカナダGP以外の15戦で

すべてこのクルマが最速であった。

だが、むろんこのクルマにもフレンチブルーの面影はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、フレンチブルーのマシンはF1に関しては、

どうも「強者のイメージ」からはほど遠い印象です。

その後、1996年の雨のモナコでオリビエ・パニスが

リジェに最後の勝利をもたらしたマシンはフレンチ・ブルー。

このときのエンジンサプライヤーは無限ホンダで、

この1勝は無限ホンダにとってもオリビエ・パニスにとっても

唯一のグランプリ勝利となった。

ワタシなどは日本製エンジンの勝利を喜んだが、

フランスタバコ「ゴロワーズ」スポンサーの

フランス人ドライバーによってフレンチブルーのマシンが勝ち得た勝利は

愛国心の強いフランス人にとってはなかなかに歴史的なものでした。

これが日本製エンジンでなくルノーエンジンだったら完璧だったのか。

ただし、ここに登場したフランスのマシン、

シャシーのみ、エンジンのみを含めて

ガソリン/オイルスポンサーはすべて「elf」、

フランスの石油メーカーであることはまた興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、弱っちいフレンチブルーのマシンですが、

ただ、個人的には「ナショナルカラー」のマシンは大好きなので、今後も期待。

ホントは日本のナショナルカラーであるグランプリホワイトの

ホンダのマシンに走ってほしいのだが、

トロロッソ~レッドブルはスポンサーカラーからまず、期待できませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 F1はまさにヨーロッパの文化なので、

これを調べるといろいろなヨーロッパの歴史、文化がわかるので

実にオモシロイです。

 

 


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2018.09.04

宿題すべて提出できました、Ⅳ号駆逐戦車/70(V)ラング

 そいでもって、3つ目の宿題「Ⅳ号駆逐戦車 ”ラング”」も、

2学期が始まる前に滑り込み完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ラング」とはドイツ語で「ロング」のことで、何がロングかというと、

この7.5㎝砲が長口径70口径のため。

長口径すなわち砲身が長いということは

それだけ貫通力が強く、タンクキラーとしての資質が高い。

たしかに、長い、長すぎる・・・・。( ゚Д゚)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシはこの駆逐戦車~突撃砲の類が実は砲塔のある正規戦車より好き。

低くて、カッコイイですよねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、このキットはタミヤの2014年に出た最新キット(ワタシが作る中では・・・)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、古いキットや、海外のキットを作るようなストレスは少ないが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦車模型はこれがストレス。

この単純作業がツライ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他は修正点はないが、このパーツの押し出しピンのあとが

前面に出るようなので、これだけパテ埋め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうあとはサクサク組むだけ。

天板は、フィギィアを載せる関係で、まだ接着しません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下塗りは模型雑誌で推奨されているオキサイドレッドのサーフェーサー。

どこまで効果があるかはわからず・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラーインストラクション付いてますが、ここは「基本」の『箱絵仕様』で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリーハンドでちゃっちゃか塗ります。

このままでは、工場直送の出来立てピカピカなので、これに「汚し」をかけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この「ウェザリング」作業は超苦手なんで、

いまだにどうやったらいいのか手法がよくワカラナイ。

まあ、あれやったりこれやったりしてるうちにだんだんとそれらしくなるもんで・・・。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、この辺でイイや、というところでいつもやめちゃいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーモデルなんかと比べると、それこそ作業に「キリ」が無いので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、思い出して、あとからいじることもありますけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしてもタミヤのフィギィアはカッコいいですね。

フィギィアはさらに超苦手なので、アップは差し控えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、2学期前に宿題が終わって、ホッとしました。

さあ、今年はあと何箱在庫を減らせるか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 


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2018.09.02

マトラMS11、完成しました。

 夏休みの宿題、ギリギリで完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1/12マトラMS11、ほぼ1968年イタリアGP仕様?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 製作開始から半月ちょっと、お盆休みの6連休があったとはいえ異例のスピード。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以下、製作過程のエピソードなど。

まずは仮組み。

見ての通りこのシャシーはエンジンマウント方式で、

ロータス49以降のエンジンがボディ後半のストレスメンバーとなるトレンドからは、

若干後退し、古臭い印象。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古(いにしえ)のキットなので、モーターライズの名残り、電池ボックスの遺残がある。

発売は1969年だが、このキットは1998年のスポット再発売の時に買い求めたもの。

もちろん、モーターライズは廃止されています。

そもそも、この複雑で重たいキット、

実際にモーターで走らせることができたヒトって、

当時いったい何人くらいいたんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、まずはどのグランプリ仕様にするか、という問題。

だが、ワタシはガチガチの考証派ではないので、見た目がカッコイイならいい、

ということで、この箱絵みたいにしよう、と。

フロントウイングとミッドウイングはどうしてもつけたいので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなんで、タミヤの説明書を読んだり、

ネットで記事を検索したり・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このインストラクションではゼッケン6でフランス人ドライバー、J-P ベルトワーズ。

しかし、箱絵はかの有名なジャッキー・スチュワート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく調べたところ、マトラは2チームあって、

純フランス主義の「マトラ・スポール」と

多国籍軍の「マトラ・インターナショナル」があったと。

で、よく見ると、

明らかに箱絵のマシンのお手本になったこのタミヤの説明書の写真は、

「マトラ・インターナショナル」の「マトラ・フォード」であって、

マトラV12エンジンを積んだマシンではないじゃないかー。

ノーズに「Ford」のステッカー、

だからこのエンジンはフォードV8でこの模型とは違うのだ。

世界のタミヤもこの頃はまだいい加減、まあ、おおらかな時代だったというべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、手元の資料を紐解く。

この「F1全史」全12巻はワタシの模型作りの座右の書である。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それによると、ベルトワーズがゼッケン6をつけて出走したグランプリは3戦しかない。

フロントウイングやミッドウイングのない仕様もあるんで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、このイタリアGP仕様、ステッカー関係は多少違うが説明書のカッコイイ方で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーズに白丸入れて、あとはフィニッシャーズのフォーミュラフレンチブルー。

いい色です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、ここで問題発生。

マトラMS11のフロントウイングはどの資料を見てもシルバーで

ボディ同色のフレンチ・ブルーはない。

要するにタミヤのこのインストラクションは間違い、ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、これも時代のなせるあいまいさ。

ということで、泣く泣くマスキングして塗り直し。

メンドクセー。

ネットでも間違ってブルーのままのウイングの作例多し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マトラV12は新鮮な印象。

1960年代後半からターボ登場前の1986年までの約20年間、

F1のエンジンといえば、フェラーリ以外はほぼフォード・コスワースのワンメイク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーズラジエーターの葉巻型のF1、マイファーストF1はこの形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2枚あるウインドシールドはナゼかヘンな段差あり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スペーサーをかまして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツライチにします。

どっから塗っていいかわからないので、クリアーのまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にもいろいろ細かい修正加え、

ただ基本は大雑把に、完成しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりアップには耐えられない大雑把な作品ですが、

ともかく「完成」「在庫減らし」が大事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時代の「羽根の生えた葉巻型」がワタシの最も好きなF1です。

 

 

 

 

 


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2018.08.29

フィーゼラー・シュトルヒ

お盆休みの宿題、フィーゼラー・シュトルヒ、完成しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このシュトルヒも第2次世界大戦の傑作機といえます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キットは「エレール」社、フランス製です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部品点数は少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なかなか繊細なモールドで帆布張りを表現しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは段差がひどいので要修正。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パテうめ、スジ彫りで彫りなおしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機銃は例によって開口。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このメロメロ迷彩は手書きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はこんなものが隠されている。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全面に書きこむとワカラナイ?

「しゅとるひ」探せるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちら「ふぃ~ぜら~」が隠れています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところでキリンビールの「キ・リ・ン」ご存知ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はキリンビールの「麒麟」の絵には「キ」「リ」「ン」の3文字が入っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、このキット、前述のようにフランス製なので例のスワスチカが入っていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいにく、手持ちの余りデカールの中にも適当な大きさの鉤十字が見当たりません。

ふと、目についたこのデカール。

「GEO(ゲオ)」は、たしか1990年のF1で鈴木亜久里氏が乗っていた

「エスポラルース・ランボルギーニ」のキットの余りデカールたったかな。

これをよく見ると・・・、

うん、何とかなるかも・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事、でっち上げました。(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな「ふぃ~ぜら~ しゅとるひ」なのです。(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この機の優れたところは、その類をみないSTOL性。

STOLとは「Short Take Off and Landing」の略で短い距離で離着陸できる能力。

ちなみに「シュトルヒ」は「コウノトリ」の意味です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュトルヒ」は離陸に50メートル、着陸は30メートルで可能であったので、

ざっとテニスコートの倍の距離があれば離着陸ができたことになる。

まだ、ヘリコプターが発達する前、この能力は驚異的でした。

このSTOL能力を生かして第2次世界大戦中ムッソリーニ救出作戦の立役者になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1943年9月12日、ケーブルカーでなければ行けない

アブリッジ山脈のグランサッソ山頂のホテルに幽閉されていた

ファシスト党首ムッソリーニは

ホテルの裏庭に降り立ったドイツ軍のシュトルヒによって見事、救出、脱出に成功したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この間の映画「荒鷲の要塞」を地でいくようなスリリングなストーリーであるが、

敗戦国の話なのであまり語られない。

実はこのムッソリーニ救出劇をうけて

英首相チャーチルを誘拐するという小説が

かのジャック・ヒギンズの「鷲は舞い降りた」である。

こちらも映画化されています。

映画にこのシュトルヒも、この間のユンカースJu-52も登場しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とするとムッソリーニ奪還の実話は「コウノトリは舞い降りた」になるわけですが。

外見はツルとよく似たコウノトリですが

ツルとちがって樹上に巣をつくり、木にとまることができます。

とすれば、離着陸の様子からまさに「シュトルヒ」は「コウノトリ」。

また、脚が引きこみ式ではないので脚を延ばして飛ぶところもコウノトリ的です。

 

 

 

 

 そんなわけで、名機に物語あり、のシュトルヒでした。

 

 

 

 


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2018.08.25

ルマン:ロンド―とポルシェ

今年のルマンはワークスがトヨタのみとなったため

トヨタがどうにか優勝できましたが、

今までにもルマンはワークス参戦の状況で大きくその様相を変えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中で極めて特徴的なのが1980年のレース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1980年はワークスポルシェが次期マシン開発のため本格的な参加を取りやめ、

事実上ワークス不在のルマンとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この年、地元ルマンの生まれのクルマキチガイ、

もといカーマニアのジャン・ロンド―氏は、

自らデザインしたマシンに、自分の名前を付け、しかも自分で運転して優勝してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時に優勝したのがこのクルマ、ロンド―M379。

超カッコ悪い。(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌年ワークスポルシェは938-81を持ち込み、

ジャッキー・イクス、デレック・ベル組のマシンは2位に14周の大差をつけて優勝しました。

ちなみに、この時の2位は前年チャンピオンのロンド―。

このルマンはルマン・キングと呼ばれたジャッキー・イクスの5勝目であり、翌年彼は6勝目を挙げる。

そしてこれはルマンのポルシェ7連覇の皮切りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このポルシェ936はタミヤから936-78がモデル化されていますが、

この年はルノーの後塵を拝し、ポルシェは2位。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、ほぼシェイプの同じ936-81ルマン優勝車を、

別売デカールで仕上げました。

むろん、黒ヘルはジャッキー・イクス氏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おなじみのマルティニカラーと違うこの「Jules」は、

フランスのあのクリスチャン・ディオールの香水らしい。

このデカールはもう10年以上昔、恵比寿にあった

カーモデル中心の模型屋さん、Mr.クラフトで購入したもの。

当時はよくここでモケイ買っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルティニ・ストライプもあまり好きではないけど、

この全体に書きこまれた「Jules」のデザインも、あまりカッコいいとは言えないなあ。

なんか「耳なし芳一」みたいで・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この翌年のルマンから主役はいわゆるCカーに代わり、

あの名車中の名車ポルシェ956~962Cの黄金時代になるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.08.17

夏休みの宿題

 さて、お正月休みより長い6日間の夏休みが終わって

本日より業務再開。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり、朝、電カル起動せず。(゚Д゚;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事務のスタッフがサポートセンターと連絡をとり、

ナントカ、15分程度で復旧したが、最初の3人はひさびさに紙にカルテを書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の診療、処方がわからないので再診患者さんには大いに支障をきたすが、

大混乱になる前にナントカ復旧してヨカッタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サポートセンターの人が来てみてくれたところ、

落雷などの緊急用の補助バッテリーが切れており、

そのために起動できなかったそうだが、その充電装置が故障らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7年で、もう寿命ですね、なんて言われて、

修理と新品とであまり値段変わらないと思いますから、見積もりもってきます、とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああー、またお金が・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バッテリーだけ交換すればもう5年は持ちますが、みたいなことも言ってたが、

もう、バッテリーの寿命とオレの寿命がどっちが長いかの世界になってきたな・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、残り少ない寿命の中で

少しでもプラモデルの在庫を減らそうと取り組んだこの6日間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、フィーゼラー・シュトルヒはここまで。

7割から8割はすすんだ。

デカールがちゃんと生きてれば、あとは大きな問題はないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Ⅳ号駆逐戦車はここまで。

AFVは全部くみ上げてから塗装なので、これからがヤマ。

まだ完成度は4割くらいですかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1/12マトラはここまで。

まだ、デカール貼りが終わったところで、クリアー掛けも出来てないし、

車体、エンジンに関しては前のサスペンションの一部だけであとは全く手つかずなので、

工程から行くとまだ、進捗状況は2割ちょいくらいですかねー。

ただ、カーモデルは塗装、デカール、クリアー掛けが終われば、

あとはリスキーな場面は少なく、手を動かすのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、その後の経過もそのうちご報告しますが、

今回は、作っていてかなり順調に「はかどった」実感はあったのですが、

6日間朝昼晩と連続で作業してもこんなものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと、寿命が倍くらい無いと、在庫がはけないなあ・・・・。

 

 

 

 

 

 


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2018.08.15

荒鷲の要塞

ユンカースJu-52の写真を撮ってブログ記事を書いていたら、

どうしても見たくなった映画があり、

以前録画したブルーレイひっぱり出して見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

古来、戦争・冒険映画でグッとくる脇役ヒコーキといえば、

ダグラスDC-3にとどめを刺すが、

ユンカースJu-52は連合国軍側のDC-3に匹敵するキャラを持つ

枢軸国側の輸送機です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、いかんせんナチスドイツは「敗戦国」である故、

映画では常に「敵キャラ」であり、

このユンカースJu-52の出番も自ずと限られてしまうわけですが、

この映画は「別格」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1968年「荒鷲の要塞」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒頭から登場です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争映画ですが、いわゆるアクション映画、スパイ映画、冒険活劇で、

要はドイツの要塞に捕らえられた要人を、特殊部隊が救出に向かう、というストーリー。

まあ、その要人が実際は、偽物だったり、

映画には実際はいろいろどんでん返しがあるわけですが、その説明は割愛。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、ドイツ軍に変装した米英の特殊部隊が

連合国が偽装したJu-52からパラシュートで雪山に降下するシーンから冒険が始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カッコイイ。

この冬季迷彩も良かったなあ。

Ju-52は固定脚で車輪は引きこみ式ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主演はクリント・イーストウッド。

実は若いころのクリント・イーストウッドは、何となくチンピラっぽくてあまり好きではないです。(^^;

この映画、最初に見たのはテレビの洋画劇場ですが、

クリント・イーストウッドの吹替えはたしかルパン三世の山田康雄さんがやってましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調べてみるとクリント・イーストウッドは1930年生まれで今、88歳。

1930年生まれは他に、ショーン・コネリー、スティーブ・マックイーンも同じらしい。

ショーン・コネリー氏は存命ですが、スティーブ・マックイーン氏は、

1980年に50歳で亡くなっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最大の見せ場は、この雪山のロープウェイでの格闘シーン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この間、スターウォーズ「ハン・ソロ」を見たときに、映画館でこのシーンを思い出しました。

ちなみにここで格闘してるのはクリント・イーストウッドではなく、

もう一人の主演リチャード・バートン演じるスミス大佐。

ところで、ハリソン・フォード氏は1942年生まれで

クリント・イーストウッドらとは一回り下になるようです。

(最近、年齢が気になるもんで・・・・。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後は、要塞から脱出、このバスで空港まで逃げる。

前にラッセル車様の雪かきが付いてますが、こんなんで雪かきしながら進んだんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追ってくるドイツ軍のサイドカー。

この辺はスターウォーズ・エピソードⅥで

スピーダーバイクで追ってくるトルーパーのイメージと重なります。

やはりスターウォーズはこの辺の映画が下敷きにありますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、最後空港に管制塔をダマして緊急着陸して迎えに来たJu-52に、乗りこむわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なおも追ってくるドイツ軍のキューベルワーゲンを吹っ飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラッセルバスに蹴散らされるドイツ軍機はフォッケウルフ(?)を模した

ノースアメリカンT-6テキサン。

映画「トラ・トラ・トラ」では日の丸つけてゼロ戦に扮していましたが、

これも戦争映画の名脇役(?)ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、乗りこむJu-52。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪の滑走路からの離陸シーンが超カッコイイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともかく、40年前の映画だけどホントオモシロイ。

次は「ナバロンの要塞」か「鷲は舞い降りた」か、その辺をまた見たくなっちまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.08.14

ユンカースJu-52

150年にわたる航空機の歴史の中で、

「名機」「傑作機」と呼ばれる飛行機が数多くあります。

 

 

 

 

 

 

 

とくに皮肉な話ではありますが「戦争」は科学の進歩を加速するので

20世紀の2つの大戦中、とくに第2次世界大戦は

多くの傑作機の出現を促しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が国の誇る零式艦上戦闘機や

大戦中の最高傑作といわれるP-51ムスタング、

大英帝国を救ったスピットファイアなどは

当時の最高水準の傑作機で、サッカーで言えばエースストライカーのようなもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、もっと地味なポジション、

場合によっては選手ですらなくトレーナーやホペイロ的な立ち位置の

傑作機もあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユンカースJu-52は1930年代の登場。

第二次世界大戦時にはすでに旧型機であった古めかしい輸送機ですが、

第二次世界大戦を通じ、いやいや、戦後1960年ころまで現役として活躍した、

陰の傑作機です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は黄色い箱がトレードマークの「イタレリ社」の

この「Ju-52 Tante-Ju」に挑戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タンテ」はドイツ語で「おばさん」の意味で

「ユーおばさん」とはドイツ軍兵士が親しみを込めてこの機体につけた愛称です。

もうこれもかれこれ20年くらい前に買ったキットでしょう。

組み立て説明書は(おそらく)英語、ドイツ語、イタリア語とあともうひとつはスペイン語科フランス語か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スキーを履いた「冬季仕様」と赤十字をつけた「病院機」が選択できますが、

今回は「病院機」として製作します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネットで資料探しました。

こんな感じかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内部まで再現されています。

傷病者運搬用なので中は椅子ではなくベッドが2段に並んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この波型のジュラルミン外板が特徴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての日比谷線を思い出させます。

銀色の日比谷線の車両は初めて見たときは近未来的でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼がないと一段と地下鉄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とぎれとぎれでしたが、先月完成。

この武骨なスタイルがたまらんですね。

かなり「ゴツイ」おばさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷病兵と救護兵のセットつきです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 患者さんは大ケガで、全身包帯巻き、左腕は吊っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかく付属している、このフィギィアを生かしたくて。

この仕様にしました。

1/72のフィギィアは小さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完成後も中が見えるよう、屋根は接着せず、すり合わせのみで

取り外すことができるようにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中ではナゼか、ストームトルーパーが警備している・・・。

帝国軍なので。(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3発機なので、1/72だが、デカイので置き場に困る。

この波板にイタレリの固いデカールをフィットさせるのはちょっとホネでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この角度、イイですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズームイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 患者搬入中なのに操縦席に2人座ってるのはちょっと変だけど。

まあ、すぐ飛びたてるように・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機だけどAFV的な香りの漂う機体なので、このようなジオラマ風がしっくりきます。

ウエザリングやなんかもしたいところですが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、凝りだすとキリがないので、在庫もたくさん「待って」いる関係上、

ここは深入りせずサクッと次に行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.08.11

今年の夏はモア・ベター。

 さあ、今日から夏休み。

 

 

 

 

 

 

 うれしくて、いつもより早く目が覚めてしまった。

(実は、エアコンの効きが悪くて暑くて起きちゃった感じですが・・・・。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回、お出かけ、旅行、ライブ、宴会、全く予定なし。(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかも、子供二人は忙しくて帰省せず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのうえ、妻は今日から福岡の実家に里帰り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシ一人、イヌの面倒を見るわけですが・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとりヒマを持て余して、おもしろくないか、といえば、さにあらず。

今回の夏休みは、ここで一気に模型作りを進めようと、前からウキウキしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回は一気にクルマ、AFV、空モノと3個を新規に製作開始予定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは、メインに1/12のF1。

タミヤの「マトラMS11」。

発売は1970年ころの古いモデルですが、これは1998年に再版されたやつなので、

たぶんデカールも大丈夫。

再販された時にすぐ買ったので、でも、もう20年前か・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 AFVはタミヤの1/35「Ⅳ号駆逐戦車/70(V)ラング」。

これは2014年に出たばっかりの初版バリバリで買ったもの。

だが、それでも4年前か・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ヒコーキは、エレールの1/72「フィーゼラー・シュトルヒ」。

うーん、こりゃ、いつ、どこで買ったんだったっけ・・・・。

キットの発売は1977年らしいけど、たぶん買ったのは30年くらい前だと思う。

この迷彩がメンドクサイのでつい手を出しかねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、期間内完成はとても無理だが、

この夏休みの数日間で、どこまで進めるか、でワクワクなのです。

大人は宿題がなくていいなあ。

 

 

 

 

 

 


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