ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2018.11.06

新しいエアブラシの第1作は「雷酋長」

 さて、先日、オリンポスのコンプレッサーが壊れたとき作っていたのはこのモデル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカのレベル製のF-105D サンダーチーフ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中身はこんな感じ。がさっと入っていてアメリカン!なテイスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ、どこで買ったかは覚えていないが、キットは1988年製。

ちょうど30年前ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん、昨今の国産キットのような繊細なスジ彫りではなく、

力強い凸モールド。

あえて、彫り直さず、このまま行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 組み立てられるのは、この一種類のみ。

メンフィス・ベルⅡという、有名な機体だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸い、デカールは発色も良く、生きてるっぽい。

それにしても、シンプル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、アメリカのキットって、どうして部品番号がランダムなんだろう。

14の次が56というのは解せん、ナゼだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このパイロット、胸郭の前後径と左右径があまり変わらない

いわゆる「ビヤ樽状胸郭」ですね。

診断学で習いましたが、ということは肺気腫、コイツはヘビースモーカーか?

ヘルメットもデカすぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、座っていただければ、目立たないか。

コックピットも、ちょいちょいそれっぽく塗りますが、どうせ見えないだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、仮組み。

これは、機種に入れるオモリの重さを決めるため。

釣り用の板なまりを巻いて加減を見ます。

これ忘れると完成後にシリモチつきますんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな感じに仕込みます。

この機体はスペースがいっぱいあるので楽勝ですが、

時にパイロットの足をぶった切って入れにゃならない手合いもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、このあと、機体下面色のFS36622を吹いたあと、

オリンポスが突然死するわけですが、

その後新機種の操作に気をとられ写真を忘れたのでいきなり完成です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 F-105はセンチュリーシリーズの5番手として

1955年に初飛行、1958年から運用開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特徴はそのデカさ、頑丈さで、

同じリパブリック社で第2次世界大戦中に活躍したP-47サンダーボルトのイメージと重なる。

単発の戦闘機としてはその大きさは最大らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘機としてよりも戦術爆撃機の性格が強く、

実際、ベトナム戦争ではいわゆる「北爆」の75%は本機によるものとされている。

本来、機体下部に爆弾倉を持つが、通常爆弾が運用できなかったため、

爆弾は「外装」となった。

ワタシはむろん戦争反対ですが、外装の爆弾は模型映えするのも否定できず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに「メンフィスベル」とは第二次世界大戦で活躍した

B-17スーパーフォートレスの1機につけられた愛称であり、

25回の出撃を達成し、映画になって大変有名になった。

1990年公開。ワタシも見ました。

そのプラモデルも作りました。

その機体にあやかって「メンフィスベルⅡ」とつけたんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デザイン的には評価の高くないF-105ですが、

ムカシっから、ワタシ、この形はけっこう好きなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この、子供が描くジェット機のような後退翼のスタイルが、

いかにもジェット機というフォルムで、好きですねー。

鉄人28号や、鉄腕アトムに出てくるジェット機の形です。

最近のステルス機などはどうも好かん。

ワタシにとってこの形は、葉巻型F1的なものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい、エアブラシの第1作。

ベトナム迷彩もフリーハンドですが、イイ感じに仕上がりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱ、コックピットはほとんど見えなかったなあ。

凸モールドはそのままで、あえてスジ彫りせず。

ムカシはペーパー掛けして彫り直してましたけど、もはやそんな気力も時間もないし、

かえって、力強い感じなので、と言い訳しつつ。

ただ、ウインドシールドだけは、機首との間にパテ盛り、ペーパー掛けで

面一(ツライチ)に仕上げております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はこの「雷酋長」のキットははみな古く、ハセガワもF-104はリニューアルしたが、

F-105に関しては1960年代のキットのみ。

その後、韓国か中国のメーカーがスジ彫りのキットだしたらしいけど、

このアメリカンなキットは、何となくサンダーチーフの

「古参の鬼軍曹」といった雰囲気をよく出してるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はそのハセガワの古いキット、最近2機セットのコンボで出たのを、

うっかり(?)買っちまいまして、この際続けて作っちゃおうかなあ、と。

エアブラシの調子もいいんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事も「イキオイ」というモノは大事で、

モケイは「並べて楽しむ」というのがセオリーですんで。

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.10.27

新機種購入

  続きです。

 

 

 

 そんなわけで、後継機種の選定に入ったが、

ネットで調べた結果、多分、どれでも大差ないだろうということがわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機種お勧めのポイントになってるのは

パワーとコンプレッサーの発する音の小ささのバランスらしいが、

どうも、どれを選んでも今まで使っていたコンプレッサーに比べれば

格段に動作音は小さそうだ。

この辺、エアコンの進化と同じ。

20~30年前のエアコンに比べて今のエアコンは

格段に静音、かつパワーがあり省電力だ。

なので、パワー重視でチョイス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、ラインナップの中でも「入門者向け」ではなく「上級者向け」を選ぶ。

自分が「上級者」であるかどうかははなはだ疑問だが、

少なくとも「入門者」ではナイ。

そもそも、30年使った初代オリンポス、

今度のエアブラシを30年使ったらワタシは80歳。

ということは、これが人生最後のエアブラシになるわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、30年前はわざわざ吉祥寺までクルマで出かけたが、

今や、ネットショッピングの時代。

アマゾンで、朝食前に簡単に注文してしまった。

文字通りの「朝飯前」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかも、ヤスイ。

上級機種を選んだのだが、なんと税込み36000円、

アマゾンプライムで送料は無料。

30年前の半額、しかもあのときは

くわえて高速代、ガソリン代、時間もマル1日かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、わずか1日で届きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんと、コンパクト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにこれが今まで使っていたコンプレッサー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かなり重いです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、ニューモデルはこんなに小さく、軽い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、使い勝手はどうか?

 

 

 

 

 

 

 

また、レポートしますねー。

 

 

 

 


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2018.10.26

さらば、オリンポス

プラモデルを作るときは塗装をします。

 

 

 

 

 

 

 

細かいものは筆で塗りますが、

面の塗装や、明細、特殊塗装にはエアブラシが欠かせません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンプレッサーとスプレーガンなどがセットになったこの高価な機械は

子供のころは手の届かないあこがれでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模型屋さんのショーケースに飾ってある完成見本の

迷彩塗装を見て、こんな作品が作りたくて

ガラスに顔をくっつけてはため息をついたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、大人になり、ある程度お金も自由になったので、

エアブラシを購入したのはもう30年前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は無き吉祥寺のボークスで、購入。

当時、エアブラシは通常の模型店などにはあまりおいてなく、

画材店などで扱っていた。

ボークスはガレージキットなどを扱うお店であったが、

雑誌でこのお店でエアブラシを扱っていると知り、わざわざ出向いたのであった。

たしか、結婚したてで、まだ子供もいないころで、

妻も一緒に行ったはず。

店員さんに勧められるがまま買ったのは、オリンポスというメーカーのセット。

コンプレッサーと、水抜きタンク、エアブラシセット、

値段はよく覚えていないけど、7,8万はしたのではなっかたか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今はタミヤやクレオスなどの模型メーカーがエアブラシを販売しているが、

その当時はエアブラシ専門メーカーが、エアブラシを製造販売してたのでした。

その中でもオリンポスは最高峰、

エアブラシといえばオリンポス、といわれたものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 値段は高かったが、その後、そのオリンポスは

消耗品をメンテナンスしながら30年間、

カーモデル、飛行機、AFV、軍艦、ゴジラやなんかまで、

ありとあらゆる模型製作に大活躍。

その数、数百点、おそらく、これを使わずに完成させた作品はないと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが先日、突然、逝ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日の夕方、ライブから帰ってF-105のベトナム迷彩を吹いていたとき、

スイッチを入れて、ガクン、といったきり、

あとはうんともすんとも動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさに、突然死、であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修理に出す手も考えたが、なんせ、このオリンポス、

メーカー自体が10年以上前に倒産してるし、

今や、安くてコンパクトなエアブラシがいっぱいあるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30年使ったら、もう寿命でしょう、

ということでこの愛機にお別れをすることにしました。

ありがとう、さらば、オリンポス。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 


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2018.10.04

貿易赤字

 10月3日はワタシは人間ドック受診のため東京へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 喀痰は3日間、検便は2日間とるのだが昨日の朝、便をとるのを忘れ、

昨日夕方と、今朝にウンコ取って何とかセーフ。

 

 

「正しい大便のとり方」って、なんか堂々として男らしい表現だなあ。

 

これをみると「1日目と2日目の採便間隔はなるべく短くしてください。」

とあるので、まさに「正しい」とり方をしたといえる。<(`^´)>

 

しかし「容器の水を捨てたり飲んだり、水を足したりしないでください。」って、

飲むヤツるのか?(ーー;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日は、アルコール禁、当日は朝メシ抜きで水かお茶だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんなわけで採血やらCTやら第1日目の検査が終わり、

1時半に解放される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物がてら秋葉原で遅いランチ。

ナゼカ、健診のあとは決まって肉に惹かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッツリ行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これにも惹かれる。

鉄板メニューご注文の方は¥500⇒¥300とあったもんで、つい(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉じゃー。(≧◇≦)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なかなかのボリウム。(^O^)/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、こちらのお店に。

いや、メイドカフェじゃなくて、中古プラモデル屋さん。(^-^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 在庫を増やしちゃいけないとは知りつつ・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、いずれも格安ジャンク品。

エアフィックスの1/72は¥500。

金型は旧エレール製と思われます。

実はシュペル・エタンデールはワタシの好きなジェット機ベスト3に入る機体なので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これも古いエレール黒箱のF-104。

複座型の TF-104G、しかもベルギー/デンマーク空軍が作れるのはかなりレア。

ただし、デカールが生きてれば、だが。

でもお値段はなんと¥400。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてテスター/イタレリのRF-84Fサンダーフラッシュ。

これまた、破格の¥400。(^O^)/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、完成品よりも新規購入品の方が依然多く、

貿易赤字は依然拡大。

ここはトランプ大統領のような思い切った政策が必要なのかも・・・・(>_<)

 

 

 

 


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2018.09.11

フレンチブルーの憂鬱

マトラMS11を作るにあたって、少し調べてみた結果わかったこと。

 

 

 

 

 

 

そもそもこのマトラをよく知らなかったもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの第1次F1ブームは小学校低学年の1966年、昭和41年から2年ほど。

1964年、ホンダがF1に参戦したことがきっかけだったが、

レーシングカーブームで少年誌にはレース関係の記事が多かったせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時のF1チームは

ロータス、ブラバム、フェラーリ、クーパー、BRM、イーグル、

そしてホンダだった。

新興のチームを除けばほぼイギリスとイタリアのコンストラクターであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マトラ参戦は1967年、大活躍は1969年だから、

ワタシの興味はすでに他に移っていたころ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マトラはもともとフランスのミサイルメーカー。

ミラージュ戦闘機に積まれていたマトラR530、R550はやはりプラモデルで知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

F2で実績を積んだマトラですが、

F1参戦時はこの間書いたように実は2チームありました。

いわゆるワークスであるマトラ・スポールと、マトラ・インターナショナル。

マトラ・スポールは自社製の12気筒エンジン、

マトラ・インターナショナルはカスタマー仕様の超ベストセラーエンジン、

フォード・コスワース・DFVを載せた「マトラ・フォード」でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケン・ティレル率いるマトラ・インターナショナルはのちに独立、ティレルになります。

(当時日本では「タイレル」と発音してました。)

これは、経営難になったマトラ本社がクライスラー傘下の「シムカ」と合併し、

マトラ名義ではフォードのDFVエンジンが使えなくなったため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、今回の12気筒エンジンのマトラMS11はワークスということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもフランス人というのは自国愛の強い国民で、

このマトラもとことん自国製にこだわっており、ドライバーもフランス人。

ウイングにでかでかと名前と国旗が書いてあるマシンは他に見たことがないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この「ニワトリ」のマークもフランスの象徴。

サッカーフランス代表のエンブレムもニワトリです。

起源はフランス人の祖先がガリア人(フランス語ではゴロワ)と呼ばれていたことに由来します。

世界史で習ったシーザーの「ガリア戦記」のガリア、ですね。

ガリアも雄鶏もラテン語だと両方ともGallus。

そのためゴロワのニワトリというのがシンボルになったということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガリア」といえばフランスで有名なタバコブランド

「ゴロワーズ」の語源も「ガリア」みたいですねー。

パッケージは古代ガリア人が被っていた羽根のついたカブトだそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だいたいラジオで放送する曲は40%以上がフランス語であること、

なんてことが法律で決まってる国ですからねー。

ワタシの唯一の海外旅行は新婚旅行のヨーロッパですが、

イタリアでもスイスでも片言の英語でナントカ通じるのに、

フランスだけは

(たぶんむこうは分かっているのに)

英語では返答してくれないことが多かった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「マトラ」の参戦も、

1964年の日本のホンダ、

1966年のアメリカのイーグル等のコンストラクター参加に刺激され、

モータースポーツ先進国を自負するフランスが、

是非ともナショナル・カラーのフレンチ・ブルーをまとったマシンを走らせたいと、

当時のドゴール大統領の肝いりで進められた国家プロジェクト的な形であったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このマトラ、いったんF1撤退後、

1976年にエンジン・コンストラクターとしてF1に復帰しますが、

その供給先が「リジェ」だったのです。

またまたこれも「フレンチ・ブルー」のマシンで「フランス愛」満載です。

スポンサーはフランスのもう一つの有名なタバコ「ジタン」。

オーナーのギ・リジェは時のミッテラン大統領と懇意であり、

またまた政権と結びついたナショナルチームの様相です。

リジェのプラモデルも作りました。フランス、エレール社製1/12。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、この「リジェ」もマトラ撤退後、

またぞろフォード・コスワースDFVを積んでから成績アップするという・・・・。

なので、このモデルはフォードエンジンを積んだリジェJS11フォード。

個人的にはF1で5本の指に入るカッコ悪いマシンです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、このマシンは2年間に5勝をあげ、これはリジェの通算勝利数9の半分以上にあたる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タバコメーカーの「GITANES」のデカールは当然はいっていなかったので、

パソコンで自作しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと、フランスには中国の「中華思想」に似た、

ヨーロッパの中心はフランス、みたいな発想が根強くあるわけです。

だが、戦争ではドイツに歯が立たなかったし、

F1ではイギリス、イタリア勢にほぼやられっぱなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランスでF1といえば、最も成功しているのはルノーであり、

フルコンストラクターとして通算35勝、

エンジンコンストラクターとしては、

フェラーリの225勝、フォード・コスワースの176勝に続く

歴代3位の168勝というのは素晴らしい。

(ホンダは72勝で5位だが、4位にメルセデスが160勝とルノーに迫っている。)

なにしろ当初はルノーと言えばターボ、ターボと言えばルノー的な

ターボ時代の申し子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルノーは他のフランスメーカーと違ってフレンチブルーではなく、

ムカシから一貫してメーカーカラーのイエローを基調としたマシンが多いのも

興味深いですね。

(ベネトンの時のブルーはスポンサーのマイルドセブンの青です。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルノーはその後、エンジンサプライヤーとしてF1で大活躍。

なんといってもこのマシン。

アクティブサスペンションとルノーV10で

ホンダから王座を奪い取ったウイリアムズFW14B。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆るのはサーキットの荒法師(ナツカシー)ナイジェル・マンセル。

1992年に全16戦中9勝を挙げ、ドライバーズチャンピオンをとるとともに

チームメイトのパトレーゼの1勝と合わせて年間10勝で

コンストラクターチャンピオンをチームにもたらした。

ポールポジションに関してはカナダGP以外の15戦で

すべてこのクルマが最速であった。

だが、むろんこのクルマにもフレンチブルーの面影はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、フレンチブルーのマシンはF1に関しては、

どうも「強者のイメージ」からはほど遠い印象です。

その後、1996年の雨のモナコでオリビエ・パニスが

リジェに最後の勝利をもたらしたマシンはフレンチ・ブルー。

このときのエンジンサプライヤーは無限ホンダで、

この1勝は無限ホンダにとってもオリビエ・パニスにとっても

唯一のグランプリ勝利となった。

ワタシなどは日本製エンジンの勝利を喜んだが、

フランスタバコ「ゴロワーズ」スポンサーの

フランス人ドライバーによってフレンチブルーのマシンが勝ち得た勝利は

愛国心の強いフランス人にとってはなかなかに歴史的なものでした。

これが日本製エンジンでなくルノーエンジンだったら完璧だったのか。

ただし、ここに登場したフランスのマシン、

シャシーのみ、エンジンのみを含めて

ガソリン/オイルスポンサーはすべて「elf」、

フランスの石油メーカーであることはまた興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、弱っちいフレンチブルーのマシンですが、

ただ、個人的には「ナショナルカラー」のマシンは大好きなので、今後も期待。

ホントは日本のナショナルカラーであるグランプリホワイトの

ホンダのマシンに走ってほしいのだが、

トロロッソ~レッドブルはスポンサーカラーからまず、期待できませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 F1はまさにヨーロッパの文化なので、

これを調べるといろいろなヨーロッパの歴史、文化がわかるので

実にオモシロイです。

 

 


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2018.09.04

宿題すべて提出できました、Ⅳ号駆逐戦車/70(V)ラング

 そいでもって、3つ目の宿題「Ⅳ号駆逐戦車 ”ラング”」も、

2学期が始まる前に滑り込み完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ラング」とはドイツ語で「ロング」のことで、何がロングかというと、

この7.5㎝砲が長口径70口径のため。

長口径すなわち砲身が長いということは

それだけ貫通力が強く、タンクキラーとしての資質が高い。

たしかに、長い、長すぎる・・・・。( ゚Д゚)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシはこの駆逐戦車~突撃砲の類が実は砲塔のある正規戦車より好き。

低くて、カッコイイですよねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、このキットはタミヤの2014年に出た最新キット(ワタシが作る中では・・・)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、古いキットや、海外のキットを作るようなストレスは少ないが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦車模型はこれがストレス。

この単純作業がツライ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他は修正点はないが、このパーツの押し出しピンのあとが

前面に出るようなので、これだけパテ埋め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうあとはサクサク組むだけ。

天板は、フィギィアを載せる関係で、まだ接着しません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下塗りは模型雑誌で推奨されているオキサイドレッドのサーフェーサー。

どこまで効果があるかはわからず・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラーインストラクション付いてますが、ここは「基本」の『箱絵仕様』で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリーハンドでちゃっちゃか塗ります。

このままでは、工場直送の出来立てピカピカなので、これに「汚し」をかけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この「ウェザリング」作業は超苦手なんで、

いまだにどうやったらいいのか手法がよくワカラナイ。

まあ、あれやったりこれやったりしてるうちにだんだんとそれらしくなるもんで・・・。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、この辺でイイや、というところでいつもやめちゃいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーモデルなんかと比べると、それこそ作業に「キリ」が無いので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、思い出して、あとからいじることもありますけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしてもタミヤのフィギィアはカッコいいですね。

フィギィアはさらに超苦手なので、アップは差し控えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、2学期前に宿題が終わって、ホッとしました。

さあ、今年はあと何箱在庫を減らせるか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 


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2018.09.02

マトラMS11、完成しました。

 夏休みの宿題、ギリギリで完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1/12マトラMS11、ほぼ1968年イタリアGP仕様?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 製作開始から半月ちょっと、お盆休みの6連休があったとはいえ異例のスピード。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以下、製作過程のエピソードなど。

まずは仮組み。

見ての通りこのシャシーはエンジンマウント方式で、

ロータス49以降のエンジンがボディ後半のストレスメンバーとなるトレンドからは、

若干後退し、古臭い印象。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古(いにしえ)のキットなので、モーターライズの名残り、電池ボックスの遺残がある。

発売は1969年だが、このキットは1998年のスポット再発売の時に買い求めたもの。

もちろん、モーターライズは廃止されています。

そもそも、この複雑で重たいキット、

実際にモーターで走らせることができたヒトって、

当時いったい何人くらいいたんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、まずはどのグランプリ仕様にするか、という問題。

だが、ワタシはガチガチの考証派ではないので、見た目がカッコイイならいい、

ということで、この箱絵みたいにしよう、と。

フロントウイングとミッドウイングはどうしてもつけたいので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなんで、タミヤの説明書を読んだり、

ネットで記事を検索したり・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このインストラクションではゼッケン6でフランス人ドライバー、J-P ベルトワーズ。

しかし、箱絵はかの有名なジャッキー・スチュワート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく調べたところ、マトラは2チームあって、

純フランス主義の「マトラ・スポール」と

多国籍軍の「マトラ・インターナショナル」があったと。

で、よく見ると、

明らかに箱絵のマシンのお手本になったこのタミヤの説明書の写真は、

「マトラ・インターナショナル」の「マトラ・フォード」であって、

マトラV12エンジンを積んだマシンではないじゃないかー。

ノーズに「Ford」のステッカー、

だからこのエンジンはフォードV8でこの模型とは違うのだ。

世界のタミヤもこの頃はまだいい加減、まあ、おおらかな時代だったというべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、手元の資料を紐解く。

この「F1全史」全12巻はワタシの模型作りの座右の書である。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それによると、ベルトワーズがゼッケン6をつけて出走したグランプリは3戦しかない。

フロントウイングやミッドウイングのない仕様もあるんで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、このイタリアGP仕様、ステッカー関係は多少違うが説明書のカッコイイ方で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーズに白丸入れて、あとはフィニッシャーズのフォーミュラフレンチブルー。

いい色です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、ここで問題発生。

マトラMS11のフロントウイングはどの資料を見てもシルバーで

ボディ同色のフレンチ・ブルーはない。

要するにタミヤのこのインストラクションは間違い、ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、これも時代のなせるあいまいさ。

ということで、泣く泣くマスキングして塗り直し。

メンドクセー。

ネットでも間違ってブルーのままのウイングの作例多し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マトラV12は新鮮な印象。

1960年代後半からターボ登場前の1986年までの約20年間、

F1のエンジンといえば、フェラーリ以外はほぼフォード・コスワースのワンメイク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーズラジエーターの葉巻型のF1、マイファーストF1はこの形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2枚あるウインドシールドはナゼかヘンな段差あり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スペーサーをかまして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツライチにします。

どっから塗っていいかわからないので、クリアーのまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にもいろいろ細かい修正加え、

ただ基本は大雑把に、完成しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりアップには耐えられない大雑把な作品ですが、

ともかく「完成」「在庫減らし」が大事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時代の「羽根の生えた葉巻型」がワタシの最も好きなF1です。

 

 

 

 

 


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2018.08.29

フィーゼラー・シュトルヒ

お盆休みの宿題、フィーゼラー・シュトルヒ、完成しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このシュトルヒも第2次世界大戦の傑作機といえます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キットは「エレール」社、フランス製です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部品点数は少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なかなか繊細なモールドで帆布張りを表現しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは段差がひどいので要修正。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パテうめ、スジ彫りで彫りなおしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機銃は例によって開口。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このメロメロ迷彩は手書きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はこんなものが隠されている。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全面に書きこむとワカラナイ?

「しゅとるひ」探せるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちら「ふぃ~ぜら~」が隠れています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところでキリンビールの「キ・リ・ン」ご存知ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はキリンビールの「麒麟」の絵には「キ」「リ」「ン」の3文字が入っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、このキット、前述のようにフランス製なので例のスワスチカが入っていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいにく、手持ちの余りデカールの中にも適当な大きさの鉤十字が見当たりません。

ふと、目についたこのデカール。

「GEO(ゲオ)」は、たしか1990年のF1で鈴木亜久里氏が乗っていた

「エスポラルース・ランボルギーニ」のキットの余りデカールたったかな。

これをよく見ると・・・、

うん、何とかなるかも・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事、でっち上げました。(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな「ふぃ~ぜら~ しゅとるひ」なのです。(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この機の優れたところは、その類をみないSTOL性。

STOLとは「Short Take Off and Landing」の略で短い距離で離着陸できる能力。

ちなみに「シュトルヒ」は「コウノトリ」の意味です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュトルヒ」は離陸に50メートル、着陸は30メートルで可能であったので、

ざっとテニスコートの倍の距離があれば離着陸ができたことになる。

まだ、ヘリコプターが発達する前、この能力は驚異的でした。

このSTOL能力を生かして第2次世界大戦中ムッソリーニ救出作戦の立役者になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1943年9月12日、ケーブルカーでなければ行けない

アブリッジ山脈のグランサッソ山頂のホテルに幽閉されていた

ファシスト党首ムッソリーニは

ホテルの裏庭に降り立ったドイツ軍のシュトルヒによって見事、救出、脱出に成功したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この間の映画「荒鷲の要塞」を地でいくようなスリリングなストーリーであるが、

敗戦国の話なのであまり語られない。

実はこのムッソリーニ救出劇をうけて

英首相チャーチルを誘拐するという小説が

かのジャック・ヒギンズの「鷲は舞い降りた」である。

こちらも映画化されています。

映画にこのシュトルヒも、この間のユンカースJu-52も登場しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とするとムッソリーニ奪還の実話は「コウノトリは舞い降りた」になるわけですが。

外見はツルとよく似たコウノトリですが

ツルとちがって樹上に巣をつくり、木にとまることができます。

とすれば、離着陸の様子からまさに「シュトルヒ」は「コウノトリ」。

また、脚が引きこみ式ではないので脚を延ばして飛ぶところもコウノトリ的です。

 

 

 

 

 そんなわけで、名機に物語あり、のシュトルヒでした。

 

 

 

 


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2018.08.25

ルマン:ロンド―とポルシェ

今年のルマンはワークスがトヨタのみとなったため

トヨタがどうにか優勝できましたが、

今までにもルマンはワークス参戦の状況で大きくその様相を変えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中で極めて特徴的なのが1980年のレース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1980年はワークスポルシェが次期マシン開発のため本格的な参加を取りやめ、

事実上ワークス不在のルマンとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この年、地元ルマンの生まれのクルマキチガイ、

もといカーマニアのジャン・ロンド―氏は、

自らデザインしたマシンに、自分の名前を付け、しかも自分で運転して優勝してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時に優勝したのがこのクルマ、ロンド―M379。

超カッコ悪い。(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌年ワークスポルシェは938-81を持ち込み、

ジャッキー・イクス、デレック・ベル組のマシンは2位に14周の大差をつけて優勝しました。

ちなみに、この時の2位は前年チャンピオンのロンド―。

このルマンはルマン・キングと呼ばれたジャッキー・イクスの5勝目であり、翌年彼は6勝目を挙げる。

そしてこれはルマンのポルシェ7連覇の皮切りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このポルシェ936はタミヤから936-78がモデル化されていますが、

この年はルノーの後塵を拝し、ポルシェは2位。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、ほぼシェイプの同じ936-81ルマン優勝車を、

別売デカールで仕上げました。

むろん、黒ヘルはジャッキー・イクス氏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おなじみのマルティニカラーと違うこの「Jules」は、

フランスのあのクリスチャン・ディオールの香水らしい。

このデカールはもう10年以上昔、恵比寿にあった

カーモデル中心の模型屋さん、Mr.クラフトで購入したもの。

当時はよくここでモケイ買っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルティニ・ストライプもあまり好きではないけど、

この全体に書きこまれた「Jules」のデザインも、あまりカッコいいとは言えないなあ。

なんか「耳なし芳一」みたいで・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この翌年のルマンから主役はいわゆるCカーに代わり、

あの名車中の名車ポルシェ956~962Cの黄金時代になるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.08.17

夏休みの宿題

 さて、お正月休みより長い6日間の夏休みが終わって

本日より業務再開。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり、朝、電カル起動せず。(゚Д゚;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事務のスタッフがサポートセンターと連絡をとり、

ナントカ、15分程度で復旧したが、最初の3人はひさびさに紙にカルテを書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の診療、処方がわからないので再診患者さんには大いに支障をきたすが、

大混乱になる前にナントカ復旧してヨカッタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サポートセンターの人が来てみてくれたところ、

落雷などの緊急用の補助バッテリーが切れており、

そのために起動できなかったそうだが、その充電装置が故障らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7年で、もう寿命ですね、なんて言われて、

修理と新品とであまり値段変わらないと思いますから、見積もりもってきます、とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああー、またお金が・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バッテリーだけ交換すればもう5年は持ちますが、みたいなことも言ってたが、

もう、バッテリーの寿命とオレの寿命がどっちが長いかの世界になってきたな・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、残り少ない寿命の中で

少しでもプラモデルの在庫を減らそうと取り組んだこの6日間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、フィーゼラー・シュトルヒはここまで。

7割から8割はすすんだ。

デカールがちゃんと生きてれば、あとは大きな問題はないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Ⅳ号駆逐戦車はここまで。

AFVは全部くみ上げてから塗装なので、これからがヤマ。

まだ完成度は4割くらいですかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1/12マトラはここまで。

まだ、デカール貼りが終わったところで、クリアー掛けも出来てないし、

車体、エンジンに関しては前のサスペンションの一部だけであとは全く手つかずなので、

工程から行くとまだ、進捗状況は2割ちょいくらいですかねー。

ただ、カーモデルは塗装、デカール、クリアー掛けが終われば、

あとはリスキーな場面は少なく、手を動かすのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、その後の経過もそのうちご報告しますが、

今回は、作っていてかなり順調に「はかどった」実感はあったのですが、

6日間朝昼晩と連続で作業してもこんなものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと、寿命が倍くらい無いと、在庫がはけないなあ・・・・。

 

 

 

 

 

 


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医療系をまとめました。
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