ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2019.08.12

幻の巨大空母「信濃」

 夏休み中、妻が福岡に帰省中なので、リビングのテレビは独占。

一緒だとなかなか見られない戦争モノの映画やテレビ番組を観ていたのですが

先日NHKで放送された、これは、オモシロかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空母信濃といえば、大和型戦艦の3番艦で、

ミッドウェーの敗戦を受けて、途中から空母に設計変更され、

艤装途中の回航中に米潜に撃沈された薄幸な艦として記憶されていますが、

知らない人が多いのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性や、若者はともかく、この年齢の男性でも知らない人がいるとは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たしかに「信濃」は謎の艦。

現存する写真はこれだけだが、今回、航空写真の2枚も紹介されていた。

この写真が撮られた経緯も紹介されていて興味深かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この写真もワタシが小学生のころにはまだ世に出ておらず、

我が家にあった福井静雄氏の写真集「日本の軍艦」にはイラストのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、CGで再現されるとは、スゴイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らなかった新事実もいくつか出てきて、大変興味深かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 信濃の搭乗員の方で、まだ御存命の方がいらっしゃるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆逐艦「雪風」の元搭乗員の方も出ていたが、

すごくしっかりしていてアタマ良さそうな感じの方でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、もうずいぶん前に作った1/700の「信濃」をひっぱり出して見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たしかに、巨大。

もとになる戦艦大和の形を反映しているので、異形の空母ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この煙突の形状は日本海軍独特のもので、

商船改造空母「飛鷹」「隼鷹」で、試されたのち、

これも短命だった正規空母「大鳳」で採用され、「信濃」へと受け継がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッコいいっすね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、この大戦末期のグリーン系の迷彩色は好みではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機が無いと、空母はのっぺりした印象。

本当は「烈風」や「天山」を載せたいのだが、

「信濃」は艦載機を搭載する前に沈んじゃったので、そうもいかず。

前方のエレベーターだけ下げてみました。

そういえば、紫電改の艦上機改造型が発着訓練していた、

と証言してる方がいましたね。

紫電改がそもそも「紫電」の改良版なので

「紫電改改」かと思いきや「紫電改二」だそうで。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この部分を見ると「大和型」だ、とわかりますね。

後方のエレベーターが、この位置にあるのは、

「大和型」の水上機「零観」の格納庫を利用したため、と番組で解説していました。

なるほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、番組で元搭乗員の方々が

「あのフネは・・・・」

と言っているのをNHKはすべて、「あの船は」と字幕を出していましたが、

これは「あの艦は」と書くのが、ホントは正しいニュアンスでしょう。

正確には「艦」には「ふね」という読みはないので

NHK的には「船」としたのでしょうが、

せめて「フネ」でやってほしかったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視力と根気の衰えから、この2,3年艦艇モデルは作っていませんが、

これも、在庫がいっぱいあるんだよなあ・・・・。

なんとかせねば・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019.07.23

純アリスさんと、セレステと、

先日、元タレントの純アリスさんが亡くなられたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それほど知名度の高い方ではありませんが、

ワタシのブログには一回登場したことがあります

 

 

 

 

 

 

 

 

俳優さんと結婚されお子さんがいらっしゃるとは知りませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岡崎友紀さんのドラマシリーズ「ママはライバル」で

有名になったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岡崎友紀さんといえば当時の絶対的アイドル、

一人でAKB48の48人分以上の人気がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥さまは18歳」「なんたって18歳」に続く第3弾は、

父親の新しい奥さんが、同級生という設定でしたね。

そのママであり、同級生役が純アリスさんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥さまは18歳」と「なんたって18歳」はよく見ていたのですが、

この「ママはライバル」はあまり見ていた記憶が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調べてみると放送が1972年10月からなので、

当時ワタシは中学1年生。

それまでは、お茶の間でテレビ見ながら過ごしていたのが、

勉強と称して自室にこもって

ラジオばっかり聴くようになった年頃ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純アリスさんも岡崎友紀さんと同じ1953年生れ、

享年66歳だったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別にファンだった、というわけではありませんが、

前も書いたようにランサー・セレステで印象が強いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、はるか前に買って押し入れの隅に眠っていたプラモデルです。

1/24の童友社製ランサーセレステ1600。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この箱絵の写真のヒトが純アリスさんです。

今見ると、岡崎友紀ちゃんより、カワイイかも。

ランサーセレステの実車の広告写真をそのままパッケージにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつかは、作らなくては、なのだが・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買った時も、模型屋さんの棚に長くあったようで・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、この純アリスさん、何してるか、というと「ナマロク」です。

ポータブルデッキを使って鳥の声や、蒸気機関車の音などをステレオで録音し、

オーディオルームのステレオで再生して楽しむ「生録」は

当時、若者の間で大変なブームでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソニーのカセットデンスケ、欲しかったなー。

早すぎる、純アリスさんの死を悼みつつ・・・。

 

 

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2019.07.13

フェラーリ312T3

 これを買ったのはいつだっけ。

ヤフオクの履歴を見ると2016年12月でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪名高い(?)イタリア、プロター社の1/12モデル。

部品はムダに多く、精度が悪く、説明書は不親切で、しかもイタリア語。

でも、できの悪い子ほどかわいいというか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、見ただけでウンザリするこの内容になかなか食指が伸びず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、ワタシの人生も長くはない。

ともかく、これをやっつけよう、というので製作を始めたのが、昨年9月。

しかし、組みづらさに、つい他のモデルに浮気して、

作業は遅々として進まず。

マイナスネジって、扱いづらい・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、細かいところははしょってはしょって・・・。

これがプロターでは312T2に続き2台目となるフェラーリのフラット12。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サスアーム類は非常に工作しにくい金属製だが、

なんと、一部破損していた。

プラスチックじゃないのでピンバイスで穴あけてつなぐ、ということはできないので

考えた末、この手で解決。

これ、なーんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはギターの弦のボールエンド。

これを瞬間接着剤で固定。

アーニーボール製なので、

このイタリア製のマシンのごく一部がメイド・イン・U.S.A.になりました。

下側だし、黒く塗っちゃえばワカリマセン。

 

 こちらは、折れてない方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボディはこの当時のマシンはアルミモノコック。

お弁当箱みたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせ、カウルに隠れちゃうので、テキトーです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボディパネルをネジで止めるのは、強度の点から大歓迎だが、

このぽっかりあいた、ネジ穴・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デカールで隠せ、っちゅうのはイタリアンな発想だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、先日、完成。

購入から2年半、製作開始から9カ月。

かなり早い方です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タイヤはこの年以降、グッドイヤーからミシュランにかわりました。

このマシンからニキ・ラウダはフェラーリを去り、

エースドライバーは、箱絵の11番、カルロス・ロイテマンですが、

ここは、ほとんどのF1ファンが、ジル・ヴィルヌーヴ仕様で作るはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1977年終盤にエンツォ:フェラーリに見初められて

ニキ・ラウダの代役としてフェラーリ入りしたジル・ヴィルヌーヴは、

翌1978年、はじめてのF1フルシーズンを、

このフェラーリ312T3で戦ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ナンバーワンドライバーの、カルロス・ロイテマンを圧倒する

アグレッシブな走りで注目を集め、

シーズン最終戦の母国カナダGPで初優勝を飾る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その後1982年シーズンまでフェラーリで活躍するが、

1982年のベルギーGP予選で、フェラーリ126C2でクラッシュ、帰らぬ人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基本設計は312T、312T2と同じであるが、

平べったくなってより「亀の子」感が強くなった印象。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあとの312T4は、チャンピオンマシンになるのですが、

(ただし、チャンピオンはヴィルヌーヴではなくジョディ・シェクター。

ヴィルヌーヴは4ポイント差でシーズン2位になったが、

これは彼がチーム・オーダーを守った結果ともいわれる。)

このT4は亀がさらに首を引っ込めたかたちにみえるので、

個人的には312シリーズの中ではこのT3が一番カッコイイと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シートベルトが布製なので、非常に実感があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンプルなステアリングのフェラーリのエンブレムもカッコいい。

いまのF1のステアリングは、ごちゃごちゃして好きじゃないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、プロターのフェラーリは、一昨年落札したT5がまだ、手付かずなんですが・・・。

疲れたので、今度はタミヤにしようかなあ。

 

 

 

 

 

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2019.06.06

並べるなら同スケール

 プラモデルはジャンルによってスケールが決まっています。

クルマなら1/24、ただしF1は1/20、ビッグスケールといわれるものでは1/12。

ヒコーキは1/72もしくは1/48。

戦車などAFVと呼ばれるものは、ほぼ1/35、

艦船モデルは1/700が定番で、ビッグスケールは1/350となっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、もともと「おもちゃ」だったプラモデルが、

こどもが手に取って遊ぶのに都合のいい大きさだったり、

モーターや電池を入れて動かすときにそれが収納できる大きさだったりすることから、

定番となったスケールです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モデラーの興味から行けば、

「並べて楽しむ」ということは、非常に大きな要素なので、

同じ縮尺の模型をコレクションすることになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いっぽう、SF映画やテレビに出てくるいわゆるキャラクターモデルは、

もともとが架空のモノであるゆえ、

番組放映当時に発売されたトイ・プラモデルはスケールなどなかったが、

近年、かつての模型少年が中高年になるにつれ、

いわゆるオーセンティック・スケールで再模型化されるものが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、この間、思わずこんなモノを買っちまった。

言わずと知れた「科特隊」のジェット・ビートル。

ヒコーキモデルの定番スケール1/72。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで、ジェット・ビートルをF-104や、F-86Fと並べることができる、

ちゅうところが中高年の心をくすぐるわけで・・・。

ノンスケールなら買わないけど、1/72というところが決めてであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またウルトラマンは「科学特捜隊」であるが、

ウルトラセブンの「ウルトラ警備隊」のジェット機メカ、

「ウルトラ・ホーク1号」も1/72でモデル化されていることがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、ウルトラホーク1号は、ドラマでの設定がデカいんである。

調べたところ、1/72スケールで、完成品は全長約60センチメートルあるらしい。

これは、ちょっとデカすぎる。

置き場所にも困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 模型としてはせいぜい15~30センチというのが、

製作にも飾るのにも適当な大きさである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じように購入に二の足を踏んでいるのが

スターウォーズのミレニアム・ファルコン。

やはり1/72でキット化されているが、

以前作ったXウイング・ファイターが20センチ弱だったのに比べて、

全長50センチほど、しかもコイツは円盤型なので

直径50センチというと座布団みたいな感じで、これはかなり場所をとる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルトラホーク1号もミレニアム・ファルコンも

1/144スケールでもモデル化されていて、

これなら、全長はちょうど半分だから、それぞれ30㎝、25㎝ほどになる。

でも、もし買うなら同スケールだよなあ。

Xウイングや、ジェット・ビートルと並べてみたいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつか、買ってしまいそうで、コワイ。(-_-;)

 

 

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2019.05.23

ニキ・ラウダの時代

5月20日の月曜日に飛び込んできた訃報が、

ニキ・ラウダ氏の逝去のニュースだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1975年、1977年、1984年のF1ワールドチャンピオンであり、

言わずと知れたレース界の「巨人」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーストリア、ウィーンの出身でデビューは1971年、マーチから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、BRMを経て、1974年にフェラーリに移籍。

そして1975年、名車「フェラーリ312T」を駆って、

初のワールドチャンピオンに輝くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「312T」は3リッターの12気筒、

Tはトランスバース・トランスミッション、すなわち横置きギヤボックスのTである。

ラウダはこのマシンでフェラーリに1964年以来、11年ぶりの

コンストラクタータイトルをもたらしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真は、タミヤの1/12。

作ったのはもう5,6年前だったかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ニキ・ラウダにとって運命の1976年。

そこまで、このフェラーリ312T2 でポイントリーダーとして快進撃を続けたラウダは、

8月1日のドイツグランプリ本戦でクラッシュ、クルマは大火災に包まれる。

ドライバー、コースマーシャルの捨て身の救助でラウダは九死に一生を得るが、

衝突の際ヘルメットが脱げてしまい、顔の大きなやけどを負い、

有毒ガスを吸い込んだ影響で肺に深刻なダメージを受けた。

全身の70%の血液を入れ替え、一時は生命も危ぶまれたが、

その後驚異的なペースで回復。

事故からわずか6週間後のイタリア・グランプリで奇跡の復活を成し遂げるのである。

そして、タイトルの行方は最終戦。

舞台はこの時はまだ、イレギュラーだった日本開催のF1世界選手権イン・ジャパン。

富士スピードウェイの決勝は大雨で、ラウダは危険すぎると判断し、

わずか2周で自らクルマを止め、リタイア。

チャンピオンは1ポイント差でマクラーレンのジェームズ・ハントにわたった。

この312T2は、

一昨年作った今は無きイタリア「プロター社」製の1/12モデルであるが、

作りにくさでは定評がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コチラは、ハセガワ製の1/20の312T2。

レインタイヤでその富士スピードウェイの仕様になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翌1977年、ラウダはシーズン3勝などで72ポイントを上げ

またこの「フェラーリ312T2」で2度目の王座に返り咲いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、フェラーリを離れブラバムで2シーズンを戦いました。

これは1/20のブラバムBT46。

タミヤ製、限定クリアカウル版。

カウルはクリア塗料で塗ったので、透けて見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドライバーフィギュア付き。

ラウダ先生、運転してます。(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーストリアカラーのヘルメットにはニキ・ラウダの文字が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラバム時代にはアルファロメオエンジンの不調もあり勝利は無く

1979年、いったんは現役を引退。

しかし、1982年にマクラーレンから現役復帰し、

1984年にマクラーレンMP4/2で、最後のワールドチャンピオンを獲得。

このモデルはアオシマの1/20「マクラーレンMP4/2」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルボロカラーはカッコええなあ。

タバコは、ダメよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌年、1985年にマクラーレンのチームメイトのアラン・プロストの

初のワールド・チャンピオン獲得を見届けて

ニキ・ラウダ氏はドライバーズ・シートを降りた。

写真はマクラーレンMP4/2C。アラン・プロストのチャンピオン・マシンである。

これもプロター1/12。

作りにくいがフェラーリのキットよりはまだマシだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現役引退後はラウダ航空など、航空会社の経営に携わる。

フェラーリのアドバイザーを経て、

先日までメルセデスF1チームの役員を務めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

70歳という年齢での死因は肺の病気といわれ、肺移植も受けていた。

あのドイツGPでの肺損傷が後年まで後遺障害を残したのであろうか。

偉大なドライバーの冥福を祈りつつ、

今週末は伝統のモナコGPが開催される。

 

 

 

 

 

 

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2019.05.21

F-14A TOMCAT ’INDEPANDENCE’

先日のスホーイSu-22を作って、にわかに制作意欲がわいたF-14トムキャット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん25年くらい前に購入。

当時の定価は¥2200。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

購入価格は¥1980、消費税はこのころあったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、このモチベーションが消えないうちに作らねば。

なぜなら、このキットはハセガワがヒコーキモデルバブルのころ、

1988年に発売したキット。

やたら、パーツが多く、ワタシのキライなエッチングパーツまで「標準装備」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ハセガワのトムキャットとしては、1977年の初代に続く「新金型」で

ライバルに負けじと気合の入った「攻めた」設計で、決定版とも呼ばれるが、

逆に分割が多く、組みづらい、と評判(?)のキット。

心身ともに気合が無ければナカナカ完成まではたどり着けないシロモノなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともかく、コックピットから。

素組で十分。

この緑のレーダースクリーンが当時、新時代の飛行機を感じさせた。

まあ、スターウォーズ的な・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このキットの難点のひとつは、キャノピーの真ん中に

パーティングラインが入ってること。不親切極まりない。

目立つ部分だけに、これは消さざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

透明パーツにヤスリ入れるのは、気が引けるが・・・。

ごしごし、まず、消します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとは、ひたすら、磨く。

まず、粗目で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて、細目。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後は仕上げ目で磨きこみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胴体は前後分割、翼もばらばらに組みます。

これらの継ぎ目の段差をすべて消さなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャノピーもハカマ部分にかなりのギャップが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各部、塗装し、つなぎ合わせて、シャドウ吹き。

今回はロービジでいくことにしました。

グニャグニャしてます、テキトーです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、迷彩色をムラを残しながら吹いたら、デカールを貼って、

艶消しと半光沢のあいだくらいで、オーバーコート。

時間の関係で簡単に書いてますけど、けっこう手間かかっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ、端折って、ともかく、完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

F-14AはF-4ファントムⅡの後継となるアメリカ海軍艦上戦闘機で、

1973年より、配備開始。

カッコイイす。

今のラプターやライトニングⅡにはちっとも魅力を感じないけど、

この時代までだなあ、ジェット機がカッコよかったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

製造はアメリカ海軍の名門、ダグラス社。

愛称の「トムキャット」は「雄ネコ」の意だが、

第2次世界大戦時の、F4Fワイルドキャット、F6Fヘルキャット、F8Fベアキャット、

戦後のパンサー、クーガー、タイガーを経ての伝統のネコ科ネーミングである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラマン社的には、先代のタイガーがヒットせず、

その後マクドネル・ダグラス社の大ベストセラー

F-4ファントムⅡに奪われていた海軍主力戦闘機の座を

奪還することに成功した機体である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特徴は、この可変翼。

このキットの主翼は可動式ではなく、開閉選択になっているが、

とりあえず差し込んでであるだけなので、なんちゃって開状態が作れます。(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離陸時などの開状態ではフラップが降りるのだが、そこは見ないことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャノピーのパーティングラインも、段差もほぼ、ちゃんと消えてます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ軍の航空機は1990年前後からグレー主体の

低視認性、いわゆるロービジ迷彩に切り替えられて行きました。

個人的には、それまでの、派手なカラーリングの方が好きですが、今回はこのロービジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、尾翼の部隊マークだけは色付きが良い。

司令官の乗る「CAG」機(Commander Air Group)だけは、

カラー塗装が許されてる場合があるので

機体を説明書の指示とは違う200番の隊長機にでっち上げて、

フリーランサーズのマークを黄色にしてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際の塗装とは違うかもですが、まあ、模型なんで。

このスコードロンにしたのは

実は1993年、米軍厚木基地で行われた基地祭WINGS93で

ワタシが実際に見たF-14が

当時空母インディペンデンス所属のフリーランサーズだったからです。

ワタシの所有するフライトジャケットもフリーランサーズの仕様になっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画でのF-14は「ファイナルカウントダウン」や

「インディペンデンスデイ」でも活躍しますが、

なんといっても1986年の「トップガン」にトドメをさすでしょう。

カッコヨカッター。

また、映画がみたくなった。

こうなると、次はハイビジの機体が作りたい。

買いたいけど、他のヒコーキのストックをもう少し減らさないと、

未組在庫増えすぎてヤバイ・・・。(ーー;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019.04.15

スホーイSu-22フィッター

たしか、2月にニッケルバックを見に行ったとき、

秋葉原の中古プラモデル屋さんで買ったのがこのモデル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いたことのないメーカーだが、定価3500円が1400円ならお得かなーと思い、購入。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってから調べると「グリフォン」はすでに今はない日本のメーカー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも、市川市にあったんだなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この顧客カードはいったい何通返信されたのだろう。

このキットナンバーは「S-01」なのでシリーズ第1作と思われるが、

このほかにこのメーカーのキットを見たことが無い・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ネットで調べると、

このキットは、東西冷戦のさなかに発売され、

ただでさえ情報不足のところ、零細メーカーなので考証が甘く、

「買ってはいけない」モデルと断定するサイトまであり・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えーい、こうなったらもうサクサク作っちまえー、

ということで、ソッコー組み上げました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Su-22は旧ソビエト、現ロシアの戦闘機であるスホーイSu-17フィッターの輸出型。

なので、いわゆる東側諸国に多く配備されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほいでもって、このキットは「リビア空軍」仕様。

リビア空軍の飛行機なんて初めて。

色もわからないので、中東の国のヒコーキの写真見て適当に吹きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とくにこのモデルは有名な1981年のシドラ湾事件を下地にしている。

1981年8月19日、リビア空軍のスホーイSu-22の2機が

アメリカ軍の空母ニミッツ所属のF-14トムキャット2機と空戦、

Su-22のミサイル攻撃をかわしたF-14は

サイドワインダーでこれを2機とも撃墜した、というものである。

箱絵も、おそらくその場面を描いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともに可変翼機同士のドッグファイトとなったわけで。

Su₋22の可変翼はこんな感じだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「買ってはいけない」キットといわれたけど、

もともとこの実機をよく知らないし、イメージが無いので、

つくってみると、けっこう雰囲気出てるじゃん、とは思います。

ミドリの丸のリビア空軍マークが新鮮。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とくにこのソ連機独特のショックコーンと、

冗談のように長いピトー管が、気分でています。

1981年当時、F-14トムキャットは1973年からの運用でバリバリ現役。

Su-22の運用は1969年ですが、母体となったSu-7の初飛行は1955年ですから

最新鋭の電子武装したトムキャットに比べれば古さは否めない。

すると、この長大なピトー管が

太平洋戦争時のB-29 に立ち向かう日本の「竹やり」のイメージと重なります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、なると、今度はトムキャットが作りたくなるなあ。

たしか、ストックがあったはず。

 

 

 

 

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2019.04.13

ダグラス・ワールドクルーザー

ダグラス・ワールド・クルーザーは1924年に

はじめて世界一周を達成した航空機です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダグラス社の雷撃機DTを改造して製作された5機のうち

1号機からボストン、シカゴ、シアトル、ニューオリンズと名付けられた4機が

アメリカ、シアトルから東回りで出発し、

ボストン号、シアトル号は脱落したが、

2号機シカゴ号、4号機ニューオリンズ号の2機が

175日かけて44342㎞の大飛行を成功させました。

今回はその「ニューオリンズ」号を作ってみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キットはウイリアムブラザーズというアメリカのメーカー。

それほど多くの製品はなく、機種選択は、どれもマニアックすぎるので有名(?)な

「ド・マイナー」メーカーです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ買ったんだろうなあ、少なくとも20年以上前だと思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 非常に資料性の高い説明書。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウインドシールドは塩ビ板がセロテープで説明書にはりつけてある。

これを加工して作れと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このエンジン、ラジエーターグリルグリルが自動車と同じ形で

機種にドカーンとある。

排気管といい、エンジン本体も車のエンジンみたいな形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部品点数は少ないが、複葉機はこの「張り線」がメンドクサイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単発の複葉機としては、かなり大型。

1930年のイギリスの戦闘機「ホーカー・フューリー」との比較。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1935年の「グロスター・グタディエイタ―」との比較。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1933年の「カーチス・シーガル」は複座だが、それでもこの程度。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このオープンコックピットで世界一周したわけですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロペラなんか木で出来てるわけで。

木の質感、出てるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機が「冒険」だった時代のロマンを感じちゃうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019.01.15

ノースアメリカンF-107A

でもって2機目がこれでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを買ったのは原宿キディランドですね。

おそらく、子供がまだ小さいときにクリスマスプレゼントを買いに行った記憶があるので

その時に、ついでに買ったものでしょう。

それ以外で行った記憶が無いので。

というとこれまた20年以上押し入れで眠っていた、ということになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはレアですね。

核爆弾をも搭載可能な戦闘爆撃機としてアメリカ空軍が開発を要請した機体で、

ノースアメリカン社はF-86Fセイバーの進化形F-100スーパーセイバーをもとに

試作したジェット機です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、リパブリック社のF-105サンダーチーフに敗れ、

わずか3機の試作機にとどまったという機体です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしてもこの「懐かしのSF」チックなフォルムはどうだ。

レッド×シルバーといえば、言わずと知れたウルトラマンカラー。

このまま、ジェットビートルやマットアローとともに

科学特捜隊や、MATのメカキャラクターとしても十分通用しそうなスタイルです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことにアメリカ空軍のマークを貼るこの前の段階では、

頭の中はもう

「ワンダバダバダバダバ・・・・」が流れっぱなし(笑)。

流星マークを貼ってみて―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この異形のフォルムは

フロントエアインテークだったF-100にレーダーを搭載する必要から、

エアインテークを、移動する必要が生じ、

機体下部は核爆弾を搭載する関係から、背中にインテークを背負うことになったため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後方視界も悪いし、いざというときのパイロット脱出にも問題ありそうだが、

何よりも、カッコ悪い。(^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、このF-107Aが

第2次世界大戦中の最高傑作戦闘機P-51マスタングを開発し、

戦後は朝鮮戦争でも活躍する傑作機F-86Fセイバーを生んだ

名門ノースアメリカン社の最後の戦闘機となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、やたらと長い機首のピトー管といい、

見れば見るほどヘンテコなヒコーキだなあ。

 

 

 

 

 

 

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2019.01.14

F-84Fサンダーフラッシュ

 正月休みにひさびさにプラモデル作りの時間が取れたが、

ついに完成はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この成人式の2連休で、ようやく2機完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは、「リパブリックRF-84Fサンダーフラッシュ」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リパブリック社の「サンダー」シリーズで、

昨年作った「F-105サンダーチーフ」の先輩。

中翼式のエアインテークの処理にリパブリック社のクセが見て取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「RF」の頭文字は戦闘機改造の偵察機を意味し、

もとになった機体は「F-84」。

「F-84]シリーズは直線翼の「F-84A~E/Gサンダージェット」と、

後退翼を持つ「F-84Fサンダーストリーク」に分類される。

これはもう、30年近く前に作った「サンダーストリーク」。

かなり経年劣化してます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンダーフラッシュとの2ショットを見ると、

RF-84Fではエアインテークが翼端に移動しているところが最大の相違点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偵察機ゆえ、機首にカメラを配置しなければならないため、

このような処理になったわけです。

機首先端、側方に見える四角い窓がカメラの窓。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、このキットは昨年の人間ドックのあと秋葉原で買ったもの

たった400円だったんだよねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古いキットを作るのは楽しい。

こんなテキトーなパイロット、今は無い、いい味出てるなあ。

この手は何なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかも、コックピットは床が無く、宙ぶらりん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これではさぞかし、心もとないだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デカールは予想通り(?)そのままではボロボロになり使えなかったので、

ニスを塗って、補強して使用しました。

中華民国(台湾)空軍機マークもちょっと心うごいたが、素直に米軍機にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然、手間かけず、スジ彫りもしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毎度いいますが、この時代の「ジェット機」、好きだなあ。

今のラプターやステルスにない色気がある。

米軍使用にしたのは、この主翼の赤い整流板がカッコよかったので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主翼の形状は、次回作のサンダーチーフを予見させますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェット機黎明期のF-84シリーズは、

同時期のノースアメリカン社製の傑作機F-86 セイバーシリーズに比べて

性能面でも販売面でもかなり見劣りするが、

このリパブリック社対ノースアメリカン社の対決は、

次のラウンドに、持ち越されるのであった。

それが、この連休のもう1作。つづく。

 

 

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