ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2018.10.17

才能は環境によって

 基本、日本代表の親善試合あたりは

見はするがそれほど「燃えない」ワタシですが、

昨夜のウルグアイ戦は良かったですねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スアレスを欠くとはいえ、

カバーニを中心としたベストに近いウルグアイ代表。

まして、直近で韓国代表に1-2で敗れているので、

「絶対に負けられない戦い」はウルグアイ側にありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の森保ジャパンは、若手中心でのびのびとプレー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素晴らしい連携から4点を奪い、

4-3のスコアでFIFAランキング5位の強豪を攻め倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見ていて気付いたのは南野にしろ、中島にしろ、堂安にしろ

今回活躍した20歳そこそこの若手選手が、いずれも海外クラブ所属で

ワタシがあまり見たことがない選手であること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり彼らはJリーグでデビューするかしないかのうちに

早々と海外に移籍して、そこで実力を伸ばしてきたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前、海外移籍といえば、

三浦カズにしろ、中田ヒデにしろ、小野伸二にしろ、

Jリーグでトップクラスの活躍をし、

それを踏まえて海外リーグに移籍、いわば「世界に挑戦」したものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが今は、才能のある選手はJリーグで結果を出すのを待たず

早々に日本から飛び出し

どんどんヨーロッパでプレーするようになっている。

そのことが、日本人選手の実力、

技術やメンタルの底上げになっていることは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、受験生時代を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつての地方の公立の進学校は、地域の秀才が集まった。

みんな地元の公立の中学を出て当然のように県立高校に入ったものだ。

そして我が母校でもその中でトップクラスのやつらは

東大や京大に毎年何人かは入学していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、最近は、ちょっと出来のいい子は、

県立高校ではなく私立の高校に行き、

なかには中学から東京周辺の一貫校に通うことも珍しくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うーん、この現象は非常に良く似ている。

そういう時代になってきたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのため、我が母校を含め

地方公立進学校は地盤沈下にあえいでいるが、

今後のJリーグはどうなのかしら。

まあ、南米リーグはとっくの昔からそういう感じになってますけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.10.03

本庶佑先生、ノーベル医学生理学賞受賞(^O^)/

 素晴らしいニュースが飛び込んでまいりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都大の本庶佑先生がノーベル医学生理学賞を受賞されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本人として26人目、

医学生理学賞としては

利根川進先生、山中伸弥先生、大村智先生、大熊良典先生に次いで5人目。

医師としては山中先生に続いて2人目となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素晴らしい快挙であり、

日本人として、医師として大変うれしく誇りに思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、ワタシの大学時代の友人である伊藤くんが

昨日facebookに投稿していた記事を見てビックリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんと、大学時代、本庶先生から受けた講義のノートの写真を

アップしていました。(;゚Д゚)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実は、昭和56年すなわち1981年、

ワレワレ群馬大の学生相手に免疫学の特別授業をしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時、本庶先生は大阪大学の教授、ワレワレは大学4年生であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしても、いまでもノートを保存し、即出てくるところが

さすがクラス委員の伊藤くん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレも何となく、そういやそんなことがあったなあ、という気はするが

すっかり忘れていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なるほど、このオレも、のちにノーベル賞を受賞する先生の講義を受けていたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、ワタシはマジメな伊藤くんと違って、授業サボリ多かったので、

絶対出たか、といわれると自信がないが、

有名な先生だから必ず出なさい、といわれて出たような気がする・・・・・、

多分・・・・・。(^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、受賞、おめでとうございます。

 

 

 

 

 

 

 


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2018.09.13

丸暗記

 学生時代から試験勉強等で膨大な分量のものを覚えるわけだが、

その中に「丸暗記」というものがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すなわち、原理や理屈を理解して、

それを応用して問題が解けるものがあるいっぽう、

ともかく理屈ではなくこれだけは丸々覚える、というヤツです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英単語なんかは語源や外来語、関連付けで覚えられることもありますが

たとえば、年号や人名、元素記号や、炎色反応、

アボガドロ数や重力加速度は「ナゼ」ではなく、もう覚えるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その手のものに「語呂合わせ暗記」があって、

元素記号の「水兵リーベ僕の船~」とか、

ルート2の「ヒトヨヒトヨニヒトミゴロ」なんてのは、

日本伝統の暗記法でワタシもワタシの父も、子供たちも

それこそ、日本中の学生が何十年にもわたってもれなく覚えた

マスターピースです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに炎色反応は地方によって

いくつかバリエーションがあるようですが、

ワタシが覚えたのは

「リヤカー無きK村、馬力で勝とうと努力するべえ」

Li(リチウム)赤、Na(ナトリウム)黄色、K(カリウム)紫、

Ba(バリウム)緑、Ca(カルシウム)橙、Cu(銅)緑、Sr(ストロンチウム)紅

という「べに」をべえに変換した北関東弁の入ったものでしたが、

「動力借るとするもくれない馬力」とか、

「馬力で努力して勝とうとするが、くれない」など、

いくつかパターンがあるようです。

主に関西地方で用いられると思われる(?)

関西弁の「 努力と馬力で勝とうするがあかん」は

ストロンチウムをあかん(紅ん)と読んだもので、

赤と紅を間違う可能性があるなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でも、毎年花火大会の時は、このフレーズを思い出し

おー、ナトリウムだ、今度はリチウムが燃えている、などと

思って見ています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手のものは覚えちゃうと忘れられないもので、

高校のころワタシが使っていたのは英単語は語源、派生語を重視した

「試験に出る英単語」でしたが、

ダジャレで覚える「大島式英単語」というのがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同級生のオギノ君が使っていて、

それをワタシは大変バカにしていたのですが、

「Anniversary:記念日『兄がバッサリ切られた記念日』」とか

「Temporary:一時的『天パラリとにわか雨』」とか

「Thermometer:温度計『温度計をさも見たようなふりをする』」

など、横から見て覚えただけなのに今でも全然忘れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら、くだらないことほど覚えているようで、

予備校の時の世界史の授業です。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界史の授業で先生が説明します。

「中世ヨーロッパにはボローニャ大学、パリ大学など次々と大学ができました。

大学によって神学、法学など専門がありましたが、

その中でサレルノ大学は医学の名門でした。

これをどうやって覚えるかというと・・・・・

一回しか言いませんからね・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

『お医者さんに、いたずらサレルノ』

 

 

 

 

 

 

 

 

一発で覚えました。(^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、大学に入ってからも「丸暗記」はそれまで以上にあったわけでして。

教科書をみながら必死になって覚えまくったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中で、ある時衝撃の事実を知ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学6年の時に医師国家試験を控えて、

関東地方の医学部の代表者を集めて国家試験対策委員会みたいのがありました。

代表で東京に行ったAくんがいろんな情報を持ち帰りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グンマの田舎にいるとわからないけど

東京近郊の大学では国家試験に対する情報戦が活発らしい。

今度の、小児科の国家試験の出題者の教授はナニナニが専門だから、

その分野の問題が出やすそうだ、などというもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワレワレの大学に帰ったAくんが、

このような情報が次々はいるらしいですが、今後も会議に出たほうがいいですか?

とクラス全員に訊いたところ、

ほぼ満場一致でそんな程度の情報いらねー、となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時にAくんが、

実は東京の私立の医学生はワレワレが見たこともないような本で勉強している、

との話を伝えました。

どうも、今考えると国家試験のための予備校のテキストかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにどんなことが書いてあるかというと、「暗記法」だったのです。

Aくんが紹介してくれた「サンプル」は「正常圧水頭症」についてでした。

この疾患の三大症状の覚え方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを、どう覚えるかというと、「正常圧水頭症」は

「Normal Pressure Hydrocephalus」だから「NHP」。

そこで、まず「N」は「尿」、つまり「尿失禁」。

そして「H」は「歩行障害」。

さらに「P」は・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・「P」は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 みな、Aくんの次の言葉を待ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「P」は「パー」だからDementia(痴呆)なんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉にワレワレは苦笑しました。

そんなテキストがあるんだ、(@_@)。

しょうもねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、当時はバカにしたこの暗記法で、

いまでも専門外のワタシが「正常圧水頭症」の三大症状は言えるわけです。

その時独自に覚えたいろんな疾患の知識は関係ないモノは皆忘れちゃったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのテキストで勉強して医者になった先生がたは

現在も日々患者さんを診るたび

頭の中で何かしらの語呂合わせを思い出しているのかもしれないなあ。

 

 

 

 

 

 


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2018.09.09

コメットさん

 先日買ったCDの中に「Argent」のライブアルバムがありました。

ネットでCDを買うときにまとめ買いをすると安くなるので、

本来買おうと思ったCDは別の新譜だが、

なんかついでに買おうかなーと検索してて買ったもの。

こうして、どんどんCDが増えていくんですけど・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 さて「Argent」のライブは別に新譜でもなんでもなく、

1974年発売、当時FM放送で放送したものを

カセットに録って中高生時代聴いていたので、また聴きたくなったため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、今回はそのバンドの話ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1曲目のタイトル、「コホーテク彗星の襲来」。

何がナツカシイいって「コホーテク彗星」という単語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コホーテク彗星は1973年にチェコの天文学者コホーテクが発見、

1974年に地球に接近するときには歴史的な大彗星になるということで、

世界的な話題になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただし、実際には肉眼彗星にはなったものの、

そこまで明るくはならなかった。

時代的にみると、このアージェントの曲は1974年の発表ですが、

実際に彗星が来る前につくられたと思われます。

インストなので歌詞がなくて良かったかな。(^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、宇宙ダイスキ少年だったワタシは、

この「コホーテク彗星」の名前をよく覚えております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも「彗星」を初めて知ったのは、

小学校2年生のときに買ってもらった子供向けの宇宙の話の本。

このころは本気で将来は天文学者になろうと思っていました

なのでまじめな科学の本でしたが、

その最初の口絵にあった「ハレー彗星」の写真です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それをみて、思ったのは、

「おおおおーーーーー、これは流星号だ―――――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「流星号」は当時大人気のアニメ「スーパージェッター」に登場する乗り物で、

主人公のジェッター君の相棒と言ってもいい。

30世紀から来たジェッター君を乗せてマッハ15で空を飛ぶ。

そのときに、ちょうど彗星のようになるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、本を読んで、彗星と流星の違い、

ハレー彗星が76年周期で太陽系内の楕円軌道をめぐっていること、

彗星の「尾」は早いスピードで飛んでるからではなく、

ガスや塵が太陽風に流されてできるものであることなどを知りました。

とくに「尾」についてはその原理から、

彗星が太陽から離れるときは尾の方向に進行していると知って

何となく残念な気がしましたが・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相前後して知った1965年の「池谷・関彗星」のニュースは、ビックリしました。

日本人のアマチュア天文家が新彗星を発見したというニュースです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思うにウルトラセブンの「円盤が来た」は、

この話が下敷きになってるんじゃないかと思います。

アマチュア天文家のフクシンくんがペロリンガ星人の円盤を発見しちゃう話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1986年にハレー彗星は地球に最接近した時は、

小学生の頃の宇宙への夢を思い出しました。

残念ながら、その時は天文学者になる夢はかなわず、

すでに研修医になっていましたが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、いまでも「大彗星」の到来を、

心のどこかで待ち続けています。

 

 

 

 


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2018.09.07

コンカツしてきました。科博昆虫展2018

科博の昆虫展。

開催の発表があった時から

当然行くことは決定していたが、問題はいつ行くか、でした。

 

 

 

 

 

 

開催期間は7月13日から10月8日まで。

開幕直後は混むだろうし、夏休み期間中は当然大混雑であろうということで、

時期をうかがっていましたが・・・・、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みも終わって、今だ、ということで、

昨日、急に行くことにしました。

台風一過で、風は強いがイイ天気。

だが、暑い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事前に公式ツイッターで調べて、混雑状況は確認済みだが、やはりチケット購入の列はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すんなり入場できました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラッキー、中もかなり空いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入ってすぐの巨大昆虫模型が目を引きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このお互いに撮った写真の構図を比べてみると、

どうも妻はいまひとつ美術的センスがないような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは昆虫の歴史から。

メガニューラは古代のトンボ。

映画「ラドン」に出てくる「メガヌロン」のモデルです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コハクの中の昆虫というと、

映画「ジュラシック・パーク」を思い出しますね。

怪獣映画ばっかりや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回はフラッシュ焚かなければほぼ撮影可です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

館内空いていて、じっくり近くで見られるのが助かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても小さい標本、よく作りますねー。

アマゾンまで行って、こんな小さい虫捕まえてきたわけですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然の造形とは、スゴイですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カナブン~コガネムシの仲間、好きなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コガネも積もれば大金に

この写真、すばやくスクロールすると、虫の行進のように見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラチナコガネの仲間は、まさに貴金属。プラチナ+黄金なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなコーナーが・・・

「G」といっても「ゴジラ」ではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閲覧注意 (゚Д゚;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、こうしてみるとそうでもないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、ケースがなかったらやっぱイヤかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなのが、家にいたら絶対イヤだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、中にはニコニコゴキブリなんてのもいるんですね。

日本人の昆虫学者がギアナで見つけたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好蟻性なんて言葉は初めて知りましたが、

このコーナーの4コママンガは秀逸でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知れば知るほど興味深い昆虫の生態。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういやムカシはよく虫取りしましたなあ。

夏休みの夜、2階の障子の後ろに電気スタンド置いて、

カブトムシやクワガタが飛んでくるかと思って期待したら、

大小の「蛾」が山ほどとれた。(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後のコーナーは有名な昆虫学者の方々の標本コーナー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれもこれもプロというかマニアの仕事は、シロートの常識をはるかに超えています。

たぶん、これでもホンの「一部」なんでしょうね。

天井までそびえたつ「昆虫の壁」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、かつて虫捕り少年少女だったワレワレ世代には、

なかなかストライクな楽しい企画展でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、最後にこんな一角がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1970年発売というので

ワタシの子供のころはなかったのですが、この学習帳ベストセラーでした。

ウチの子たちは使っていました。

なんといってもこの表紙の写真がスバラシイ。

右下、ジンメンカメムシだー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、いまは虫の写真は使われないそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにはこんな経緯があるということは、

ちょっと噂に聞いてはいましたが・・・・。

 「ジャポニカ学習帳から昆虫が消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たしかに「趣味・嗜好」は理屈では割り切れないものではあるし、

イヤなものを強制することは良くないことなのですが、

「親や教師が不快」って・・・・・。(-_-;)

こういった小さな命に興味を向けさせたり、

自然に対して正しく接することを教えるのが

親や教師の役目だと思いますけどねー。

何せ、地球は「虫の惑星」なので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、お土産に復刻版学習帳買っちゃいました。

学会のノート取りに使おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、科博特別展の図譜は毎回充実の内容です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで、夏休みの自由研究できちゃいますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、もう一つゲットしたのがこのTシャツ。

「完全変態」はチョウや甲虫類のように「サナギ」を作る虫の成長法、

バッタやトンボのようにサナギにならない昆虫類は「不完全変態」といいます。

これけっこう気に入ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、楽しかった。

やはり昆虫の話になると、どこへ行くにも昆虫図鑑を持ち歩いた

小学生のころの気持ちに戻ってしまいますね。


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2018.08.28

読書感想文

今年のカレンダーを見ると8月31日が金曜日、

ということは曜日の関係で新学期は9月3日からになり、

小中学生はだいぶ得した感があるでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

というより、この2日間に宿題を賭ける、

というケースも多いのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大体、図画、工作と読書感想文が残ってたなあ、オレの場合。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読書感想文については「課題図書」ってのがあり、

本自体は夏休みの初めに読んじゃうんだけど、

感想文は全然書いてなくて、また読み直し、なんて具合でしたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェブサイトで「過去の課題図書」なんてのが出てきます。

最近は何でも分かってしまうのだ。

小学校低学年向け、中学年向け、高学年向けに

それぞれ2冊ずつ指定されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見ると、結構読んだ本、覚えていますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えているのは1967年度からで、このときは小学校2年生。

第13回コンクールの課題図書のうち

感想文を書いたのは「びりっかすの子ねこ」。

その他「アグラへのぼうけん旅行」「橋の下の子どもたち」は記憶にあります。

「びりっかすの子ねこ」は、感想文コンクールで賞をもらったので確かですが、

あとの2つは中学年向きなので、あとで読んだか、タイトルだけ覚えているかですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この一覧から翌1968年は「いたずらラッコのロッコ」

1969年は「太陽の子と氷の魔女」で書いたはずだが、

この2年はかすかにタイトル覚えているくらいで内容は全く記憶にないです。

他の本の記憶もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1970年、小学校5年生の夏は「ワシリィの息子」の感想文を書いて、

これは何かけっこういい賞をいただきました。

その年の課題図書のうち「まがった時計」「魔人の海」も覚えています。

「まがった時計」は、小学校中学年向きの課題図書なので

この時弟が小3ですから一緒に買って家の本があったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、入賞した年の本のタイトルばかりをよく覚えているのはなぜか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はた、と気づきました。

入賞すると自分の感想文が多分入賞作品集の本に載るので、

その本の他の感想文も読んだりするせいかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1971年度は高学年向けは「千本松原」「天正の少年使節」、

たしか「千本松原」のほうで書きましたが、賞はとれなかったような。

前年に賞をとったため、担任の先生が気合い入れていて、

プレッシャーがかかった記憶が・・・。

小学校時代、ワタシは毎年担任の先生が変わっていましたが、

小学校5年生と6年生の時だけは持ち上がりでした。

感想文コンクールは落選しましたが、

その年、その後に書いた(書かされた)生活作文コンクールで

県の特選になったので担任の先生は大変満足だったようでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学校の課題図書は見ても全く覚えていませんが、

なんか感想文書いた記憶はあるんだけど、

課題図書ではなかったのでしょう。

ナマイキになってあまり先生の言うことも聞かなくなってたし・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この課題図書が始まったのは

1962年度の第8回読書感想文コンクールからだそうです。

本が売れるし、審査員も楽だし、今考えれば美味しいシステムだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの頃は、読書感想文、大っキライだったけど、

今はブログで本や、映画の感想文を書くのは結構楽しい。

多分、宿題ではないから?。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、この週末、読書感想文残ってる子供たちはけっこういるでしょう。

みんな、ガンバレー。(^.^)/~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.08.18

駿台の1年

 海藤尊氏のことを検索していて、こんな本を発見し、

アマゾンで買ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 海藤氏も1年お世話になったということでこの本に取材されていたわけですが、

ワタシも高校卒業後の1年間、

お茶の水の駿台(当時は駿台高等予備校といいましたが)に通っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足利高校で現役の時、一期校北大、二期校弘前大を受験し、

ともに不合格だったわけですが、

当時は一期校と二期校の間に駿台の入試がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駿河台の明治大学で受験したのを今でも覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、駿台の入試で午前部理科3類に合格。

このとき、まだ二期校受験前でしたが、これなら受かるのでは、

と思ったものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駿台午前部理3は、国立大医学部コースでかなりの難関、

国立理系コースの理2はもちろん、

東大コースの理1よりも難しいといわれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、翌年から導入される共通一次試験を避けたい

受験生心理の余波(?)を受け、

あえなく二期校も撃沈、浪人生となったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、この駿台での1年間はワタシの人生にとって

大変得難い貴重な時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なによりも大学受験に対する安心感が違います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシの高校は地方の進学校ではありましたが、

国立医学部に合格するものは1年に1、2人。

ワタシの代では同じ学年で東大、東工大を目指す者はいましたが

医学部を狙ってるヤツは他にはいませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、駿台理3は、ほぼ全員が医学部を受験する。

なので、この集団で一定の順位をキープすれば、

医学部に受かるレベルと言えるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理3は1000人もいるのですが、入試の成績順にほぼ250人づつ

AからDのクラスに振り分けられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシは入学時たしか520番台でC組の前のほうでした。

席の横並びのヒトは成績がほぼ同じわけで、

ワタシの横は麻布高校と横浜翠嵐、どちらも名門校です。

訊けば、麻布の彼はワタシと同じ二期校を受験し、失敗していました。(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 模試の点数が集計され、2学期、3学期に席替え、クラス替えになります。

ワタシの場合2学期は370番台でB組にあがり、

最終的にはたしか、315番まで上がりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、予備校の授業、教材、指導によるものが大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、授業は目からウロコ落ちまくりで、

こういう勉強をすれば問題が解けるのか、点が取れるのか、と

田舎と都会の格差を大きく感じました。

当然、成績も上がるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、明日をも知れぬ浪人生活は確かに苦しかったけれど、

今まで暗中模索だった受験勉強に、

進むべき道が照らし出されたことによって、

大変充実した受験生活を送ることができたと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際、大学に入って同級生に「駿台仲間」が多く、

最初のうちは駿台の話題で友人が増えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅浪人や地元の予備校では、おそらく合格できなかったかもしれず、

1年間駿台に通わせてくれた亡き母にいまもその点は感謝しています。

いきなり東京に下宿させる余裕は我が家にはなく、

最初夏までは足利から2時間かけ通学、

その後親戚の家に厄介になり、

受験が近づいて11月頃から下宿して予備校に通いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシにとって幼稚園は別として、小中高、そして大学も公立でしたが、

唯一「私立の学校」に通った1年間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現役で合格しなくて良かった、

というのは負け惜しみではなく今振り返ってそう思います。

まあ、浪人して受かったから言えるのですが・・・。(^^;)

 

 

 

 

 

 


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2018.08.04

少年朝日年鑑

 小学校5~6年の頃好きだった本があります。

 

 

 

 

 

 小説や漫画ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 「少年朝日年鑑」という本です。

 

 

 

 

 

 

 

 本誌と付録の「社会化統計」の2分冊でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今はもう無いのかなあ。
 毎年発行され、その年のいろいろな出来事がジャンル別にまとめられていて
辞書みたいに「引ける」ようになってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「少年」というからには「大人の」やつがあってその少年版だったわけだ。
 特に好きだったのが分冊の「社会化統計」で、
山や川、海の様子などの地形から、気温、降水量などの気象状況、
工業、農業などの生産高や品目が、国内、世界とあらゆる品目に渡って網羅されていて、
見ているだけで楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 社会科の宿題にもバッチリだったんですが、
ヒマがあるとパラパラ眺めて、
「世界で2番目に高い山はK2っていうのか。」
「おー、ここではこんなもの作ってんだー。」
とか
「○○はこの地方が多いのかー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発見と感動の連続でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんといっても、圧倒されたのは
「アメリカ」のすごさです。
 自動車、機械、飛行機何をとっても第1位。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本は高度経済成長が達成されつつありましたが、

その差は歴然でした。

唯一「造船業」だけが世界一だったことは覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、日米自動車摩擦が起きたり、

日本企業がバブルでばんばんアメリカに進出した時はマジかいな、と思ったもんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネットで探したら、ありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1970年版はまさにワタシが小5の時、手垢がつくくらい読んだヤツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネットの古本屋さんで5000円、

欲しいけど、ちょっと高いなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.07.26

ひるね

 夏休みの計画を立てるときは

小学校の時などは「お手本」があって、

それを参考にしながら作ったものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小学校低学年のころ

そこに「勉強」「ラジオ体操」「家の手伝い」「入浴」「食事」「テレビ」などと並んで、

「必須入力項目」だったのが「ひるね」でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、曲者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中、宿題を(やってるふりを)して、

お昼ごはんにそうめんを食べ、2時からは学校のプールだが、

日課表に従うと、ここでその前に「ひるね」をしなければイケナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段、昼寝なんてしないのに、

日課表にあるので、とりあえずバスタオルを上掛けにして横になるわけですが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、全然ねられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横になって、目はつぶっていても

外から、セミの声がすると、もう早くセミ獲りに行きたくて行きたくて・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、明るいうちから眠れるわきゃねえ。

しかも、夏休みなのに・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・あれから数十年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今や、お昼食べてソファに横になると、すぐ眠れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 検診などの用事があって、午睡の時間が取れないときは、

午後の外来が眠くて眠くて・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時の「ひるね用の時間」を、「貯金」しておいて今にまわすことができたら・・・。

 

 

 

 


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2018.07.24

昨日の友は、今日の敵

 さて、小中学校もいよいよ夏休み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出しますねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みの初日、というのは学園生活で最も幸せな日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラジオ体操から帰って、まずやるのは

夏休みの計画を立てること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みの1日の過ごし方を帯グラフや、円グラフで書くわけですが、

これもなかなか、ワクワクする作業で・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんせ、全部、自分の時間ですからね。

中学からは、部活があったが、塾は週に一回だけだったし、

小学生時代なんか、それこそ何もないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の涼しい時間は、宿題をやることになっていて、

この計画通りに行くと、少なくとも夏休みの前半のうちには

楽勝ですべての宿題が終わるはずだったのですが・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜか、毎年、8月31日はずっと宿題やっていたような・・・・・。(ーー;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み中に同級生と遊ぶと、

7月中にもう終わっちゃったよ、などという奴、必ずいたなあ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夏休みの友」の1ページ目をやるときには、かなり気合入っていて、

明日の分まで、やっちゃおうか、なんて思ったものでしたが・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夏休みの友」、毎年、夏休み後半にはきまって

「夏休みの敵」になっちまうんだなあ・・・。

 

 

 

 

 

 


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医療系をまとめました。
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