ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2019.05.30

高崎の夜

 水曜日の飲み会は高崎。

ホテルにチェックインし、ゆっくり風呂に入ってから出かけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビジネスホテルながら大浴場があるので、ココにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、癒される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場はコチラ。

魚介メインの洋風居酒屋。

2時間飲み放題つきで¥3500!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30年以上前、いっしょにタウン誌を通じてミニFM放送局をやっていたメンバー。

一人転職するので、という

どうでもいいこじつけの理由で飲み会を開きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅れてきたK氏。

高崎から新宿まで通勤しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何しろ、ミニFMとはいえ、放送局なので、男子はワタシ以外はみな技術屋。

今もコンピュータや電気通信関係のお仕事をしている理系集団です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、良いオヤジ、オバサンになったが、再会すれば気分は20代。

いや、今年50歳のY君は当初まだ高校生だったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年齢、職業など様々ですが、気の置けない仲間との楽しいひと時でした。

 

 

 

 

 


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2019.05.29

思い出の風味焼き

 先日水曜日、ムカシの仲間との飲み会があり、グンマへ。

水曜午後からなら行きたいお店がある。

会場は高崎だが、まず前橋へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここら辺はかつてのナワバリ。

この交差点を左折すると群大病院だ。

だが、この辺もずいぶん変わった。

エメラルドボウルは当時からあり、同級生がバイトしてたなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目指すお店はコチラです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「レストランとよだ」は群大病院の職員御用達のお店。

医局まで出前を持ってきてくれるので、週何回も食べていました。

ムカシは三中通りにあったけど、群大病院のすぐそばに引っ越した。

やはり、群大からの注文が多かったせいだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンバーグ、オムレツ、フライなどいわゆる町の洋食屋さん的なお店だが、

注文するものはメニューを見る前から決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伝統の鉄板メニュー「風味焼き定食」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、ナツカシイ。

外来で、医局で、何回これを食べたことか・・・・。

かみしめるほどに、若い医者の時代の記憶がよみがえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランチタイムも終盤の静かな店内。

パソコンを叩く男性も、多分群大のセンセイなんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムカシ、群馬大医学部の某教授が、退官の時このお店に感謝状を贈ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日が定休日なので、こういった機会が無いとなかなか来られませんが、

あの味が忘れれずに、また食べたくなります。

いつまでも続いてほしいお店です。

 

 

 

 

 

 

 

 


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2019.04.27

G.W.といえば・・・

さて、世間的には今日から10連休。(当院は明日から3連休、と5連休)

NHK的には大型連休、一般にはゴールデンウィーク、

今年は長いのでプラチナウィークと言ってたメディアもありましたが、

あまり浸透してませんね。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今を去ること33年前、

昭和60年4月にワタシは医師国家試験を受けました。

合格発表は5月中旬ですが、

当時は慣例的に新入医局員はゴールデンウィーク明けから出勤、

ということになっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医学部を出ても、なんら実務的なことはできないペーペーですから、

まずは、勉強、勉強です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩について、治療や病棟のことを覚えていき、

カルテの書き方なんかも学ばなければいけません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を見つけては、カルテの医学用語や、病名、処方されている薬

などをノートに書き写し、教科書や辞書などで調べます。

細かいコトまではいちいち先輩は教えてくれませんから、

自分なりに知識を増やさなければなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入院患者さんの分厚いカルテを開いて、

病歴、所見、検査結果、手術記事、治療経過などを読み込んでいくわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、ナース・ステーションにおいてあるカルテを開くと

直近の病棟カルテの病歴・処置欄には

毎日日付のあとに「G.W.」の2文字の記載のみが繰り返されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なるほど、ゴールデンウィークは手術や検査などは入らないから、

毎日「G.W.」なんだな、

だがなんでわざわざカルテに毎日ゴールデンウィークなんて書くんだろう、

決まり切ってるのに、書くことが無いからかな、

憲法記念日とか、こどもの日とは書かないのかな、

などと勝手に思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、先輩に、連休中なので毎日G.W.と書いてあるんですか?

と、尋ねたところ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あほか、こりゃ、「ホーコー」じゃ。

と、言われてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ホーコー」????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほうこう」は漢字では「包交」と書き

「包帯交換」のことだったのです。

当時のカルテの医学用語はほぼドイツ語、

ドイツ語の「包帯交換」は「Gaze Wechsel」といい、

これを略号で「G.W.」と書いていた、ということでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たしかにゴールデンウィーク中は手術は通常ないが、

術後の患者さんは毎日ガーゼ交換をするわけで、

これを行ったことについての記載だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いまは、カルテにドイツ語使うことはあまりないと思いますし、

電子カルテ化もされているので、このようなことはないと思いますが、

昭和の外科系医局ではこのようなアホな質問をする新人研修医が

毎年この時期、500人以上はいたのではないかと思われます・・・・。(^^;)

 

 

 


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2019.02.15

当直

 今朝の朝日新聞の見出しを見て

「マジか、ウソだろー。」

と思ったヒトは多いかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『勤務医「当直後も通常勤務」7割。』

ひょっとして、一般のヒトは、えー、7割も通常勤務、と思ったかもだが、

ワタシを含めた一定年代以上の医者は

えー、当直後に休める病院があるんだ、それも3割も、

と、そっちに驚愕したに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムカシから思っていたが、医者の労働環境というのは

「労働基準法」なんて全く関係ナイ、という感じであった。

大学病院に研修医として勤務しても、社会保険にすら入れず、

ボーナスも時間外手当もなし。

勤務時間はあってないようなもの、というか

今思い返せば、そもそも勤務時間の規定はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも入院患者がいる病院は

夜でも医者が病院にいないとまずいので、当直はどんな病院にもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学病院の場合は、当直医は、

夜の回診をやったあとは、基本的にはいるだけでいいのだが、

入院患者さんが急変したりすると、その対応をしなければならない。

点滴が外れた、とか腹痛を訴えています、とかでもちょこちょこ呼ばれたりする。

また、耳鼻咽喉科の場合は、市中病院に耳鼻科医が当直していないので

救急患者の対応もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳鼻咽喉科だと、末期がんのヒトなんかが多いので、

夜中に、死の看取りが回ってくることが時々ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシは、「当たる」ほうだったので、

一晩に二人も看取っちゃって、死亡診断書を一晩で2通も書いたことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、末期で延命治療をしない場合でも、

あと30分で家族がそろいます、なんてときは

30分近く心マをして、くたくたになったこともあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、そのまま朝からオペ室に入って、出てくるのは消灯後、

なんて、若かったからだが、よく身体がもったもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市中の総合病院では、全科の医師が「内科系」「外科系」に分かれ、

各1名ずつ当直することになっていた。

耳鼻咽喉科は「外科当直」をする。

これは、けっこう救急患者が多く、運が悪いとロクに寝られない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当直室のベッドで寝てると、遠くの救急車の音で目が覚めて、

「内科でありますように・・・」

と心の中で祈っていると、トナリの内科当直の電話が鳴る音がして、

ホッとして、また寝る、なんてことがよくあった。

ナツカシイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当たり前のことだと思っていたが、

時代が変わって、こんなことがニュースになるようになったんだなあ。

 

 

 

 

 


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2018.12.05

ポケベル

NTTドコモが来年でポケベルサービスを終了するという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポケベルは、ウィキペディア的には「無線呼び出し」といい、

携帯電話が普及する前、自宅や会社以外に「出て」いる人への

パーソナルな通信手段としてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呼び出したい人が、その番号にかけると、

持ってる人の端末機がピーピーなって、連絡を取りたいことを知らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてことを書くのは、もはや「ポケベルを知らない世代」が

かなりの割合を占めていると考えられるため。

しかも、ワレワレより上のヒトは、

また逆にポケベルのお世話にならなかったかもしれないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケベルは、1987年から数字送信機能が追加され、

数字の暗号でメッセージのやり取りを楽しむことが、

主として女子高生の間で流行りだし、やがて大ブームになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なので、そのころ女子高生だった人たち、

すなわち現在はアラフォーということになるが

その世代の人たちにとっては、

ポケベルは青春の甘酸っぱい思い出とともにあるんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、ワレワレ、それより上の世代は、

ポケベルは「鎖のついた首輪」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシが医者になったのが1985年だから、

まだポケベルは持ってなかったが、

2,3年すると病院からポケベルを「持たされた」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病棟の患者の急変や、急患などが来ると、

これが鳴って、どこにいても呼び出されるわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケベルの音は「恐怖の音」でそれが鳴るたび心臓が飛びあがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかもポケベルは一方通行だから、呼び出された方は

出先であればどこか電話を探して病棟に連絡をとらなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシは、一時足利市から前橋市の病院まで

1時間ほどかけてクルマで通勤していたが、

通勤路沿いのどこに公衆電話があるかは完全に把握していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時FM群馬でポケベル会社のコマーシャルがあり、

そのコマーシャルが、いきなりポケベルのなる音で始まるものであった。

クルマでラジオを聴いていて、このコマーシャルに何度肝を冷やしたことか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、患者の急変のような重大事態ではなく、

かんたんに口頭で指示すれば済むようなことでも、

容赦なくポケベルを鳴らす看護婦さんもいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある、夏の日の日曜日、まだ小さかった子供を連れて、

足利市内の「じゃぶじゃぶ池」に行った。

この「じゃぶじゃぶ池」というのは、渡良瀬川の河川敷に作られた施設で、

膝くらいまでの水をはった浅いプール。

もちろん泳げる深さは無いので、小さい子供がぱちゃぱちゃやる遊び場であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、ポケベルが鳴りやがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このじゃぶじゃぶ池、いわばでっかい水たまりなので、

事務所とかその手のものは無く、

何しろ河川敷なので当然電話線などきてないわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕方なく、子供を「回収」して、浮き輪やタオルをもってクルマに乗り、

土手をのぼって一番近い公衆電話までクルマを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレホンカードをいれて

「あー、もしもし、耳鼻科のオグラですけど・・・。」

「あー、センセイ、〇号室の××さんですけど、点滴抜けちゃったんですけど。」

「(××くん、術後5日目で今晩でもう点滴抜去予定の小学生じゃん、

もうぴんぴんして歩き回ってるし、

そんなんそのままで良いに決まってんだろ、とは思いつつ)

ハイ、もう、そのままで良いです。」

「ですよねー。」

まあ、看護婦さんは勝手に指示書の内容を変えるわけにはいかないので、

仕方ないといえば仕方がないが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いまさらじゃぶじゃぶ池に戻る気もおきず、

太陽は高かったがブーブー言う子供を連れて、そのまま帰宅したのであった。

まあ、急変でなくて良かった、ということで。

 

 


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2018.07.07

続・ブラックペアンの時代

そんなわけで、ブラックペアンには

バブル時代の地方大学病院外科系の描写があり、

ちょうどワタシが医者になったころのことで、

懐かしい気持ちにさせられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

小説でオペ室での場面。

 

 

 

 

 

 

 

 

手術に入る医者はまず「手洗い」をします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ着(最近は「スクラブ」というようです)を着て

「清潔」になるために、「手洗い」をします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足で踏んで「ブラシ」を出し、3回ゴシゴシ洗う。

ブラシは当時は靴磨きのブラシみたいなごわごわしたやつでした。

最近はこの硬いブラシによる手洗いは、

手指に傷がついてかえって感染巣になる恐れがあるとのことで

やらないという話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガウンのはしをもって看護婦さんに渡し、ガウンを着せてもらう。

手術の手袋は大学病院では自分ではめました。

その後勤務した病院では、看護師さんがぎゅーって広げてくれて、

そこにずぼっと手を突っ込んではめてもらうのですが、

これがなかなかカッコイイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研修医の世良先生がこの手術室に入って、

いろいろ学んでいくところは、

若い研修医時代の自分と重なって読んでいてワクワクした場面でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

糸結びの練習のシーンも出てきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絹糸をもらって、「外科結び」の練習をするのは変わらないのですが、

小説のように白衣のボタンホールではしなかったなあ。

引き出しの取っ手や、ブックスタンドのパイプ部分は結び目でイッパイでしたが、

田舎の病院の「あるある」はクルマのハンドルです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田舎では「クルマ社会」なので、自家用車で通勤する人が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若い外科医は信号待ちの時間を利用して

ハンドルに外科結びのタマタマを積み上げていきます。

医師駐車場を覗くとそんな車がいっぱいとまっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡海先生のように製薬会社のプロパーさんを「金づる」にする、

というところまではなかったですが、

前回書いたようにメーカーによる接待なんかは多かったですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとも先輩の先生に言わせると、

「オイルショック前は、こんなモノじゃなかった。」

という話ですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡海先生が抗生剤の使用をめぐって

製薬会社に「たかる」くだりが出てきますが、

当時はたしかに抗生剤バブルの時代でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外科系の病棟では術後感染予防ということで、

点滴の抗生物質を大量に使用していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとも多用されるβ―ラクタム系の抗生剤は、

ペニシリンから、セフェム系第1世代、第2世代、第3世代と

つぎつぎに新薬が開発、発売されていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世代が進むと、効く菌の種類(抗菌スペクトル)が拡大し、

それとともに薬の値段もどんどん上がります。

競争相手が多いので各メーカーとも売り込みに必死です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小説では術後抗生物質を「精錬製薬」の「セイレイン」から

「サンザシ製薬」の「サンザシン」に替える、というくだり。

たぶん、どっちもセフェム系第3世代あたりだな。( ̄▽ ̄)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この製薬会社の名前をもじった注射用抗生剤のネーミングは、

この頃たいへん流行ってまして、

「〇〇ノギ製薬」の「〇〇マリン」、「△△ジ製菓」の「△△セリン」

「××ダ製薬」の「××スリン」「◇◇ノウチ製薬」の「◇◇テタン」など、

みーんなセフェム系。

まさに社運を賭けた製品だったんでしょうね。

全問正解者は間違いなくバブル期の外科医です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところがこのセフェム系、世代が進むと抗菌スペクトルは広がるのだが、

それに反比例して術後感染の主体となる

グラム陽性菌群に対する抗菌力が減弱していたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを知らずに、

新しいモノがいいモノだろうと使っていた我々医者がバカでしたが、

製薬メーカーの人はそんなこと一言も教えてくれませんでした。

メーカーでも学術のヒトは知っていても、

営業のヒトには詳しく教えていなかったのかもしれませんが・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、術後感染、菌交代、耐性菌、などという問題が噴出し、

周術期の抗生剤の使用法は大幅に見直されることになったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でも、この耐性菌の問題は継続しており、

ワタシはこのブログで繰り返し抗生剤の適正使用を強調しているわけですが、

その裏には「抗生剤バブルとその崩壊」を

リアルタイムで目の当たりにしてきた医者としての体験があるからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、手洗いにしろ、メーカーの接待にしろ、抗生剤の使用にしろ、

今と昔ではだいぶ医療現場も変わってきました。

でも、今も昔も若い研修医が思うことは、

少しでも早く一人前の医者になりたい、

医者としての技量を上げたい、

そして「良い医者」になり、一人でも多くの人を病気から救いたい、

という点では同じでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミステリーとしての楽しみのほかに

そんな、若い医者だったころの気持ちも呼び覚ましてくれた

「小説 ブラックペアン1988」でした。

オレもこんな小説、書いてみたいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2018.07.06

ブラックペアンの時代

先日講演を聴いた海堂尊氏ですが、

その時ちょっと書きました「ブラックペアン」原作につきまして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、ワタシ、氏の著作を読んだことがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、本は持ってて「チームバチスタの栄光」買ったのはもう数年前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと「宝島社」の「このミステリーはすごい大賞」は注目していて、

受賞作はけっこう読んでましたんで、この作品も面白そうだと思い即購入したのだが、

あまりに面白そうなのであとで読もう、と思ってるうちにどっかいっちゃった、

という経緯でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際に原作を読むと、

エンタテインメント性に富んだ、ある意味荒唐無稽なミステリーの要素を持ちながら

きちっと読者を納得させる設定、筋道になっており、

やっぱドラマはドラマ、小説は小説、という感じでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講演で氏が述べていましたが、

ドラマの脚本は、登場人物のキャラ設定を除けば一切テレビ局におまかせ、

だったそうです。

ふーん、そういうものなのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラマを見ていて予想はしていましたが、このオリジナルは、

過去の手術で術中出血を止めるために

やむなく「故意に」術野に残したペアンをめぐるストーリーが根幹で

それに、テレビ版の脚本でいろいろなエピソードが追加されていたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作の物語の設定は「ブラックペアン1988」とあるように、

1988年、つまり昭和63年が舞台です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なので、テレビドラマで出てくる「ダヴィンチ」を模した

「ダーウィン」「カエサル」のくだりは、当然、ドラマのオリジナル。

1988年当時にロボット手術機器はありませんからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラマでは心臓外科だったのですが、原作は消化器外科。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで、だいぶリアリティが増します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 専門ではありませんが、心臓の手術でペアンを残すのは何となく違和感が。

診察でなくても、検診、ドック、術前検査等で胸部レントゲン撮る機会は極めて多いので、

見つからないまま何年も経過するってのはムズカシイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹部に残したペアンは、通常胸部レントゲンしか撮らない

検診やドックで発見されることはないでしょう。

でも、飛行機の保安検査場は通れないかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手術支援機器「スナイプ」は出てきますが、

消化器外科なので、ドラマで心臓弁置換装置だった「スナイプ」は

小説では遊離空腸の縫合器になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海堂尊氏は1961年生まれ。

ワタシは1959年5月生まれ、1年浪人してまして、昭和60年に医者になっています。

どうも海堂氏は一浪、一留(!)らしいので、早生まれかどうかで変わってきますが、

計算すると、昭和63年ころに医師国家試験を受けたのでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり、昭和63年入局の研修医世良先生の視点は、

ほぼ、海堂先生ご本人の視点と思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、昭和60年入局のワタシ、61年入局のワタシの妻とも極めて近いわけで、

病院、科は違えど、同じ地方国立大学、同じ外科系、ということで、

すごくナツカシイ「あるある」がいっぱいで、そこ大変楽しめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医師国家試験が4月初めにあり、

その後、約1カ月の間を置いて5月の連休明けから、大学病院の勤務が始まる、

というスケジュールもワレワレと同じで、

その約1週間後に国家試験の合格発表があり、

落ちたものはひっそり病院から去る(!)、というのも当時の群馬大と一緒です。

今は国家試験は2月にあるようですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小説の中で北海道で大きな外科学会があり、

製薬メーカーの接待でエビやらカニやらたらふくごちそうになるというくだりは、

実は身に覚えがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昭和61年の5月に日本耳鼻咽喉科学会総会が、

北大の主幹で札幌で開催されました。

日耳鼻総会は耳鼻咽喉科の最大の学会ですが、

この年は開催地が観光都市札幌とあって注目度はひときわ高かったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入局2年目のワタシと、その年新入医局員のワタシの妻は

(当時はまだ、交際してません)

大勢の先輩教室員とともにその学会に参加しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、札幌で3泊したわけですが、

連日連夜、入れ代わり立ち代わりの各製薬メーカーの接待攻勢はすごかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1986年といえば、バブル真っただ中。

医者は、バブルの恩恵を受けないので、

大学病院研修医の給料は手取り10万に満たない薄給でした。

ところが、その一方、サラリーマンや企業はイケイケの時代。

なので札幌の夜は毎晩のようにエビだ、カニだ、シャケだの北の幸のてんこ盛り。

ビンボー研修医にはありがたすぎる、タダメシ、いただき放題でした。

一方製薬会社のMR(当時はプロパーさんといった)にしても、

ここぞとばかり会社の金でイイ思いをしたに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は、そういった接待が禁止されているので

そのようなことはまったくなくなり、どこの学会に行こうが、

メシはいっさい全部自腹ですが、かつてはそんな時代もあったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古き良き時代・・・・・・( ̄ー ̄)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、海堂先生も新人のころ、そんなことがあったんでしょうね。( ̄▽ ̄)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、これから遅ればせながら海堂作品をすべて読んでみることにします。

 

 

 

 

 

 

 


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2018.06.13

オペかん

ブラックペアン、相変わらず見てます。(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、すっかり慣れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対成功するはずのオペがあって、

自信たっぷりのオペレーターが手術に臨むと

必ず、ミスやアクシデントなどの不測の事態が起こり、

トカイ先生が、ニヤニヤしながらオペ室に入ってきて患者を救う、という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで水戸黄門のようなわかりやすさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう最初っから今晩の展開がほぼすべてわかるところが、

お茶の間のためのドラマだということがよく理解できました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、アリエナイ演出も、

そういえばスチュワーデス物語ってこんな感じだったなあ、

と思い当たりました。

「スチュワーデス物語」と言っても、最近の人にはワカラナイでしょうが、

一定の世代以上は

「教官!」とか「グズでノロマなカメ」といったセリフで反応しちゃいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、医療現場のディテールは時々「アレ?」と思うことありですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回はサエキ教授がメスを落としたのを師長さんがかばい、

見ていた先生方が「オペかんのミスか。」

といったのですが「オペかん」とは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも「オペかん」は「オペ看」で、

オペについてる看護師さんのことのようですが、

この言い方は初めて聞きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワレワレは「オペかん」といえば「オペ患」のことで、

手術を受ける患者さんのことを指していたので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病棟で「今日のオペ患の〇〇さんの申し送りでーす。」

などと用います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただネットで検索すると

手術室の看護師さんを「オペ看」と呼ぶのはよくあるようで、

この辺隠語のローカルルールなんでしょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワレワレのところではオペ室の看護師さん(当時は看護婦さん)は

フツーにオペ室の○○ちゃん、とかオペ室ナースといってました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペ室では術者に器械を渡す直接介助の看護師さんと、

周りをサポートする間接介助の看護師さんがいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通常「器械出し」と「外回り」といいますが、

ワレワレはよく「中」と「外」などと言っていました。

「きょう、中、誰?」

とかいう感じで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この器械出し、大変重要で、器械出しの看護師さんの手際で、

手術の流れがぐんと変わります。

術者との相性もありますが、術者の先を読む力が求められます。

一緒にやってて、む、オヌシ、デキるな、と思ったことも、その逆も。(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラマで教授のオペに師長さんが器械出ししてましたが、

いくらウマが合うとはいえ、師長さんは普通器械出しやらないのでは。

そもそもこのヒト、オペ室ではなく、外科病棟の師長さんだったのでは??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葵わかなちゃんもそうでしたが、

オペ室のナースと病棟のナースは別ですんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オペ患かあ。

ムカシ、看護婦さんからの朝の申し送りで、

こんなのがありました。

「今日のオペ患は、〇〇さんです。

とくにおかわりありませんが、微熱が高めです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだよ、微熱が高いって(°_°)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お熱がやや高めで、微熱です、

と言いたかったという気持ちはわかりましたけど、ウケました。

 

 

 

 

 

 

 


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2017.12.19

「C5-dips」2017年ラストライブは竜フェスで

 

さて、忘年会から明けて日曜日の午後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルマにギターを積んで伊勢崎に向かいます。

このイベントに出演です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Gold Rushは、何回か出たことがあるけど、このイベントは初めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この方は先月BBCでご一緒したジョージさんですが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その他大部分の出演者はお互い知り合いらしく、何となくかなりアウェイ感あり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレタチ、大丈夫かなあ・・・・(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、スペシャルなサポーター登場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、なんと今を去ること四半世紀前、

ワタシが群馬中央病院耳鼻科時代に手術した子だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、この春「ふりぺっこ」に掲載された当院の記事を見て、

ワタシ、このセンセイ、知ってるー、とい記事をFacebookにあげたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Facebook上で彼女と共通のバンド友達がいた関係で、

その記事がワタシの目にもとまり、

ネット上で「お友達」になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その彼女が、ようやく昨日、ライブに来てくれました。

当時は19歳でしたが、今はアラフォー?

お子様も大きいらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、友人とともに最前列で盛り上げてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おかげさまで俄然やりやすくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシがやった手術も術後の再発もなく、経過良好で何よりでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまは、看護師さんになってるそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時の流れというものは不思議なもの、思いがけないドラマを演出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、これが「C5-dips」2017年、14本目のシメのライブ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年も、このメンバーのおかげで

あちこちで面白い経験をすることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来年は1月7日の太田メイポールから始動です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、来年もやりまっせ。

 

 

 

 


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2017.12.16

Bounenkai-Party

 

 忘年会シーズンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忘年会は日本独特の文化であり、海外にこれに当たる言葉はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ、そもそも「年を忘れる」のであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんちゃん騒ぎをして、一年の憂さを晴らす、

ヤなことは忘れちゃう、という意味で解釈されると思われるが、

なかったことにしてリセットする、というのは日本的な発想かもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江戸時代には、年末の大みそかを乗り切れば借金がチャラになる、

という話も聞いたことがあるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、忘年会と称して、みんなで集まって楽しく飲むのは大好きです。

忘年会ならば、期日が決まってるので、

年末で忙しくとも無理にでも都合をつけて集まることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勤務医時代は、医局はもとより関連病院や、

その他プライベートな友人との集まりを含めると

ほとんど3日とあけず忘年会をやっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とくに、独身時代は身軽であったし、

関連病院や、派遣病院からよくお誘いがかかったので、

群馬県内の各地でハゲシク宴会やってました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴会芸なんかも、凝る方で、

もう9月くらいからプランを練って、

準備や練習をしたものです。

そういえば、そのへんのお話は以前書きましたなあ。

忘年会時代 第1話」「忘年会時代 第2話」「忘年会時代 第3話」「忘年会時代 第4話

・・・・何もかもナツカシイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビなんかでこのシーズンになると、

忘年会のシーンが出て二日酔いに効く、

なんて感じで胃腸薬のコマーシャルが盛んに流れたもので

あれ見るだけでウキウキしたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の若いヒトは、あまり集まってお酒を飲むのは好まない、とも聞いているけど、

昨今の忘年会事情はどうなんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、忘年会は憂鬱、メンドクサイ、と思う人もいるんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく、個人的には忘年会のある国に生まれて良かった、と思っています。

 

 

 

 

 

 

 


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医療系をまとめました。
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