ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2011.10.30

2011年ナビスコカップ・ファイナル。

 またここに「帰って」きた。
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 国立でのタイトルマッチを観に来るのは、2007年元旦の天皇杯以来。
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 そしてナビスコの決勝は、2004年以来、ですか。
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 赤い仲間たちが集まってくる。
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 午前中からからビールを飲む。
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 あまりハラはへって無かったが、ゲンを担いで「カツサンド」を食べる。
(よく見ると「ヤマザキN(ナビスコ)勝つサンド」なのだ。)
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 聖火に火がともる。
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 ダルマも見つめている。
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 応援のリーダーチームの人が説明に来る。
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 ナショナルアンセムを、共に歌う。
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 選手入場に合わせて、精一杯、掲げる。
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 2011年Jリーグヤマザキナビスコカップ決勝
 浦和レッズ   0-1    鹿島アントラーズ  (国立競技場)
      (前半 0-0)
      (後半 0-0)
    (延長前半 0-1)
    (延長後半 0-0)


 すっきりした秋晴れだったが、朝からずっと雨ならいいのにと心のどこかで思っていた。
 初めてのファイナリストとなって、浮かれて前夜祭までやって、
0-1で鹿島に敗れた2002年のナビスコ決勝は、こんな素晴らしい秋晴れだった。
 翌年2003年、同じ鹿島相手に4-0と完勝して優勝を決めた決勝戦は雨だった。
 消そうにも消せない過去の数々の思い出。
 試合開始後から、終始押し込まれる苦しい展開。
 しかも後半開始早々に山田直輝が退場となってからは、
終始ワンサイドの「タコ殴り状態」が延々と続いた。
 しかし守りに守って延長戦。
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 守備に追われるレッズは体力の消耗が著しく、
後半の終盤での鹿島の「デン助」退場後も、主導権を奪い返すことはできなかった。
延長戦開始前、鹿島の選手がみな立っていたの対し、
レッズの選手はほとんど座り込むか横になっていた。
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 必死のサポートを続けるが・・・・。
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 つるべ落としの秋の日がそろそろ帰り支度に取り掛かる頃、試合は終わった。
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 チームの力の差は歴然だったし、
結果は妥当なもの、むしろ延長まで持ちこたえたことは評価に値する。
 試合終了後、周りの誰かが言っていたとおり
「まあ、そう簡単に優勝できるほど甘くは無いってことだ。」
 しかし、準優勝も素晴らしいことだ、という柏木選手の言葉に勇気づけられる。
若いチームにとって大きな価値ある経験を得たのではないか。
 やっとのことで足利まで帰ってきて、
残念会を妻と友人にやっていただきました。
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 少し元気になったので、その後、前原先生とアヤちゃんのジャズライブにも行かせていただきました。
(負けたら行かない予定だったんだが・・・)
 来年こそは。
 いや、その前に絶対、J1残留を!
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