ロックな耳鼻科:小倉耳鼻咽喉科医院院長、小倉弘之が日々思うこと。

2018.10.30

少年老い易く学成り難し


大人になってからもっと勉強しておけばよかった、と思うことは多い。

 

 

 

 

 

 

 

特に文系科目。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校では、様々な教科を勉強するのだが、

最終的に大学受験があり、そのために必要な科目を最優先に勉強することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学までは、どの教科ももれなく学び満点を目指すのだが、

高校になると「捨てる」という選択肢が出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通常科目の定期試験はそうはいかないが、

入試となると、話は別。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも高3の時に私立文系コースを選んだ人は

数学は受験科目にないので「数3」やらないし、

数学そのものは要らないので捨てちゃうわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに「捨てる」は受験科目内でも存在し、

物理でも「量子力学は捨てる」とか、

日本史で「太平洋戦争後は捨てる」とかいう「捨て方」も存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国立をうけるとなると全面的には捨てられないが、

科目的に「古文・漢文」や「社会科」に勉強時間を割くわけにはなかなかいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「世界史」なんかは好きだったので、

授業でやってた高1のころはいつも試験はクラスで1番だったのだが、

高3になると全然勉強しないので、

模擬試験で私立文系のヤツの得点には全然およばない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなヤツにかなわないのか、というのはいささかショックだが、

そこは、数学、英語、物理、化学に精力を集中せねばならないので、

やむを得ないところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、「捨てた」文系科目、

この歳になって、また勉強したいなあ、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この間、秋の夜、月を見上げてふと頭に浮かんだ、

「峨眉山月、半輪の秋」

たしか、李白の五言絶句。

だが、その続きが思い出せないのが、・・・・・・ツライ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漢文なんて、真っ先に「捨てた」科目なので、

記憶の断片が、それこそ机の引き出しの中の消しゴムのかけらみたいに

頭に残っているだけだが、

こういうのがスラスラ出たら、楽しいだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しょう前、月光を見る、疑ごうらくは、これ、地上の霜かと、

頭を上げて、山月をのぞみ、頭をたれて故郷を思ふ」

は、簡単なのでそらんじられるが、あってるかな?

これも、秋の夜、月を見て物思う詩ですね。

「しょう」は確か「ベッド」のことだと教わったが字がわからん。

そもそも、はて、この漢詩のタイトルは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漢文も古文も、また日本史、世界史はもちろん、

英語も数学も物理も化学もまた勉強してみたいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、むろん全部はできないから

どれを「捨てる」か?

 

 

 

 

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